柏レイソルは12月9日、天皇杯決勝に臨む。11大会ぶりに優勝を果たすことができるかーー。今年からコーチを務める大谷秀和が、憧れでもあった明神智和のいるガンバ大阪と対峙し、栄冠をつかんだ2012年度大会を振り返る。発売中の『バンディエラ ―柏レイソルの象徴が過ごした日立台へのサッカー人生―』(鈴木潤・著/ベースボール・マガジン社・刊)からエピソードを抜粋し、紹介する(前編)。

2023シーズンは柏レイソルのトップチームコーチとして、ネルシーニョ前監督、井原正巳監督を支えた(写真◎小山真司)

キャプテン同士で対決した12年度の天皇杯決勝

 2006年をJ2で過ごした柏レイソルが1年でJ1に復帰すると、07年から大谷秀和と明神智和は対戦相手として相まみえることになった。

 2人の代表的な直接対決が、08年度と12年度の2度の天皇杯決勝だ。元日の国立競技場のピッチで、レイソルとガンバ大阪はタイトルを懸けてぶつかり合った。特に12 年度の決勝は、双方がキャプテンとしてピッチに立ち、ボランチのポジションでマッチアップした試合として印象深い一戦である。

 13年1月1日。国立競技場のロッカールームから出てきた大谷は、先にロッカーアウトをしていたガンバの選手の中に明神を見つけ、挨拶に向かった。そこでは簡単な会話を交わしただけで、すぐにレイソルの選手が並ぶ列の先頭に立ち、いよいよ始まる決戦に向けて集中力を高めた。

 アカデミー時代から背中を追いかけてきた選手と、元日の国立競技場でタイトルを懸けて戦える。そのシチュエーションに大谷は喜びを感じつつも、「絶対に負けられない」という強い意志を持ち合わせていた。

 4年前の09年1月1日。同じ天皇杯決勝の舞台で、レイソルは延長戦の末、ガンバに0-1で敗れていた。だからこそ「今度は自分たちが勝者になる」というリベンジの念があった。また12年のJ1は、最終節に勝てば3位でAFCチャンピオンズリーグ(ACL)出場権を獲得できる条件だったにもかかわらず、鹿島アントラーズに敗れて翌年のアジアへの切符を取り逃がしていた。大谷だけではなく、レイソルの選手たちには「天皇杯に勝って、再びアジアの戦いに挑戦する」という強烈なモチベーションがあった。


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