上写真=欧州のダービーマッチを知る宮市亮は、川崎Fとのダービーに並々ならぬ意欲を燃やしている(写真◎J.LEAGUE)
取材・文◎大林洋平[スポーツライター] 写真◎Getty Images、J.LEAGUE
脳裏に焼き付く『ハンブルク・ダービー』
宮市亮には、忘れられないダービーがある。
それはドイツ2部リーグ、2019ー20の第23節に行われた“ハンブルク・ダービー”。当時、所属していたザンクトパウリが、アシストを含む全2得点に絡んだ宮市の活躍もあって、ハンブルガーSVに快勝し、1960年のブンデスリーガ創設以降、宿敵から初めてシーズンダブルを記録した記念すべき一戦である。
ハンブルク・ダービーは、ドイツ第2の都市ハンブルクを本拠地とするザンクトパウリと古豪・ハンブルガーSVが、サポーターも巻き込んで火花を散らすドイツ屈指の激しさで知られる。ハンブルガーSVと言えば、00年代、「スシボンバー」と親しまれ、現在は沖縄SVのオーナーを務める元日本代表の高原直泰をはじめ、元日本代表の酒井高徳(現神戸)らも所属するなど日本でも馴染みのあるクラブではないだろうか。
2020年2月に両クラブが激突した場所は、ザンクトパウリにとっては敵地であるハンブルガーSVのホーム・フォルクスパルクシュタディオンだった。もちろん5万7000人収容のスタジアムは満員御礼。普段からサポーター熱のあるスタジアムではあるが、この日はダービーの高揚感も相まって、いたるところで発煙筒がたかれ、まさに「興奮のるつぼ」と表現できる様相を呈していたという。
熱狂の中で先発のピッチに立った宮市は何を感じたのか。
「僕は興奮しましたね。スタジアムに入っていくときのブーイングは凄いものがありました。そして、プレミアリーグではダメなのですが、ドイツのスタジアムはコールリーダーがいるし、鳴り物もあって、発煙筒もたかれる。ダービー感というか、ちょっと危ない雰囲気も漂っています。でも、そこにはサポーターが熱くなれるモノがあったし、ライバル意識もすごかった。やっぱり、『これぞエンターテインメント』だと感じました」
事実、この1年前の“ハンブルク・ダービー”の試合中、多くの発煙筒がたかれ、3度中断されて一時、危険を感じた選手や監督、審判がロッカールームに引き上げる事態に陥った。それでも、興奮した選手が相手をあおれば、サポーターから汚い言葉をかけられ、モノや発煙筒が投げ込まれる殺気立った雰囲気でしか味わえない感覚を得たという。
「勝ったとき、すごく特別な感情が沸き上がってきたのを覚えています。試合前からハンブルガーSVのサポーターがアウェーの僕たちに掛けてきた圧力を結果でねじ伏せた感覚には爽快感がありました」
宮市はこのドイツだけでなく、ロンドンでも街全体が「ダービー一色」に染まる空気感を肌で感じてきた。アーセナルとトッテナムのノースロンドンダービーでのサポーターの熱狂にも面を食らったという。ただ、それ以上に、ほとばしる熱量を感じたのは、試合前日に泊まっていたハンブルク市内の高層ホテルの窓から目に飛び込んできた光景だった。
「サイレンの音が街のいたるところから聞こえてくるんです。ホテルの部屋から下の通りを見下ろせたのですが、一方からハンブルガーSVのサポーターが押し寄せ、逆方向からはザンクトパウリのサポーターが来て、止めに入った警察が挟まれていました。(ザンクトパウリのユニフォームを着た)黒の集団と(ハンブルガーSVのユニフォームを着た)青の集団が交わるのを見て『やっぱ、すげえな』と」
クラブ創設はザンクトパウリが1909年、ハンブルガーSVはさらに20年以上遡ること1887年。ハンブルガーSVが17-18年に2部に降格するまで、一度も降格したことがなかたため、両者が戦う機会はそれほど多くなかった。それでも100年以上、一つの街で互いに意識してきた歴史が『熱過ぎる』ハンブルク・ダービーの根幹を形成していることが伝わってくるエピソードだろう。