上写真=プロサッカー選手として16年間を走り抜けた谷口博之(写真◎福地和男)
≫≫中編◎昨季限りで引退した谷口博之の16年「一心不乱のルーツ」
文◎二宮寿朗 写真◎福地和男、J.LEAGUE 協力◎羽田 エクセルホテル東急
あの場面で足を引くならプロになっていない
後悔だけはしたくない、絶対に。
自分に嘘はつきたくない、絶対に。
昨年12月、サガン鳥栖の谷口博之は現役引退を発表した。プロ16年、J1通算350試合に出場した「武骨の人」にとってあの大ケガは、己の信念に従った〝名誉の負傷〟だと言えた。2017年5月7日、ホームでの横浜F・マリノス戦。1-0でリードしたまま迎えた終盤、体を張って齋藤学の突破を食い止めた。何とか無失点で乗り切って勝ち点3をもぎ取っている。その代償として左ひざを痛め、交代を余儀なくされた。
2年半前のことは、記憶のなかに鮮明にある。凛とした表情のまま、彼は言う。
「あの場面で自分の足を引いてしまったら、たぶんプロにもなっていないと思います。齋藤学はマリノスでも一緒にやっているし、日本トップレベルのドリブラー。『マナブを通さない』という強い気持ちを持って終了間際、体が思うように動かなかったので、もうファウル覚悟で。後悔なんてないです。あそこで抜けられて点を奪われたほうが後悔すると思います。僕はそういうやり方でここまでやってきましたから」
左膝膝蓋骨軟骨損傷で全治5カ月と診断された。レアケースのやっかいなケガが、結果的には選手生命を縮める要因となってしまう。
「普通は半月板が割れて軟骨も一緒にはがれるそうです。僕の場合、半月板は大丈夫で、軟骨だけが取れてしまった。すねの骨を削ってクギみたいに植えつけたんですけど、(軟骨が)どうしてもくっつかない。だからなかなか痛みが消えなかった」
ハキハキと答えていくさまは、何とも気丈の人らしい。
ケガとの長い戦いの始まりだった。レアケースのケガだけに、快方に向かっている感触をなかなかつかめない。やれることはリハビリを精いっぱいやるだけ。後悔のないプレーだけに、下を向くこともない。落ち込むこともない。ただ……。
「すみません、現役で一つだけ、ちょっとした後悔がありました」と彼は苦笑いで打ち明ける。そして頭を掻くような仕草をして言葉をつないだ。
「僕、かなりせっかちで5カ月で治るなら3カ月で大丈夫だろうと思って……。きちんと5カ月間、(軟骨が)くっつくのを待っていればよかったのかなというのは、ちょっと後悔としてありますかね」
悲壮の類ではなく、あくまで「せっかちの自分」に対するあきらめの境地に近いと言うべきか。結局、残りの17年シーズンには復帰できず、18年シーズンに入っても痛みとの戦いは続いた。それでもシーズン終盤に入って完全合流を果たし、11月4日のホーム、V・ファーレン長崎戦、翌節(10日)のアウェー、ヴィッセル神戸戦と2試合続けてベンチ入りを果たしている。そして翌2019年2月の「ルナー・ニューイヤーカップ」香港選抜戦で復帰。1年9カ月ぶりの公式戦出場となった。