上写真=0-1で迎えた40分、山形は氣田亮真(10)がPKを決めて同点に追いつく。今季2度目のみちのくダービーは1-1のドローに終わった(写真◎J.LEAGUE)
とめどなくあふれた言葉
「みちのくダービー、行けるのでは……?」
福島県に向けての旅支度を進めながら、ふと思い付いてしまった。
当初の目的は、U-16インターナショナルドリームカップの取材である。サッカーマガジンWEBに寄稿させていただいているので、そちらの記事は別途読んでいただくとして、ポイントは日程だった。
この大会は中1日の3連戦。曜日で言うと、水・金・日で試合が行なわれる。つまり、土曜日の予定は空いている。昨年はインターハイの福島県予選にハシゴできたりもしたのだが、今年はそういう“かぶり”もない。
「福島県内、あるいは茨城か宮城で何か観たくなる試合はないかな」
そんな気持ちで探してみると、「“みちのくダービー”があるじゃないか」と気付いた。その昔、まさにJヴィレッジからの“ハシゴ”で天童のNDソフトスタジアム(当時は名称が違ったと思うが)まで行ったこともあるが、そのときは友人の車に便乗しての旅だった。
「公共交通機関だとどうやって行けばいいんだ……?」と思ったが、Google先生によると5時間ほどかかる選択肢ばかり。「東京から行く方が(新幹線効果で)ずっと早いじゃないか」という理解も得られたが、とりあえず仙台に出るのが上策という点は共通していた。そこで仙台在住の旧知のライターに「仙台から天童ってどうやって行くのがいいんすか?」と聞いてみた。
「車で行くから乗っていったら?(意訳)」
甘い誘いにあっさり乗っかり、仙台まで朝の高速バスで出て、そこからライター氏の車に便乗する行程となった。
この二人旅、あらためて実感させてもらったのは、仙台と山形の物理的な「近さ」である。
峠道を踏破する形になるので両県を隔てる山の存在も実感できるのだが、途中寄り道しながらだったにもかかわらず、2時間ほどで到着。そもそも仙台市と山形市、あるいはNDソフトスタジアムのある天童市は隣り合っているのだから、それも当然か。
「トンネルを抜けるとそこは山形だった」みたいな距離感を体感し、両クラブのライバル意識を生み出す地理的な源泉のようなものを改めて感じさせてもらった。
もちろん、両クラブのライバル意識を最も強く反映するのはスタジアムの中である。NDソフトスタジアムのスタンドに一歩踏み入れれば、そこはダービーの空気感。青く染まったゾーンと、黄金に揺れるゾーンの対比も美しい。偶然同じ会場に訪れて「なんで来ているの!?」とお互いにビックリし合った元サッカーマガジン編集長の北條聡氏が「最高の雰囲気だね!」とご満悦だったのも当然だろう。
試合は結局1-1のドロー。共にPKによるゴールのみという結果だった。決定機でのシュートミスが頻発したのは、両チームのサポーターが生み出した空気感によるプレッシャーの強さも感じさせるものだった。
試合後、仙台の森山佳郎監督は苦笑いも浮かべつつ、試合内容をこんな言葉で形容した。
「ダービーでしたから、お互いかなり気持ちの入った死闘、お互いのチームが非常に熱い気持ちを見せて、引き締まった、かなり見応えのあるゲームになった。今日はお互いに全力を出し切って、試合が終わったら何人もピッチに倒れ込むようなゲームができた」
絶対に負けたくないというハートの部分は確かに感じさせる内容で、戦術的工夫も含め、多様な「ダービーらしさ」は確かに感じさせる内容だった。
森山監督は昨季のアウェーのダービーを1-4と落とした、サポーターの怒号と罵声に晒された試合もあえて映像で共有したと言う。ダービーの重みをあらためて自覚した上で、勝ち切る姿勢を求めてこの試合に臨んだわけだ。仙台のMF中島元彦が「(引き分けは)負けと同じ」と厳しく語ったのも、それだけダービーで勝つ重みを強調されていたからだろう。
「サポーターのみなさんは朝の7時から来られている方もおられましたし、この試合のために本当に命がけで応援してくれているサポーターの方もたくさんおられる。できれば、ダービーは勝てればサポーターも喜びが3倍ですし、選手も3倍。ただ、今日は悔しさの方が最後に残ってしまったかな」
勝ち切れなかった悔しさはのぞかせつつ、選手の出し切った姿勢自体は重ねて評価していたのは印象的だった。
一方、個人的にこのダービーについての見解を知りたいのは、山形の渡邉晋監督だった。
森山監督はこのダービーに臨むにあたって、渡邉監督のことを「日本で一番このダービーに詳しい」といった言葉で形容していた。それも無理はない。
選手として指導者として仙台で01年から19年までの長きにわたって過ごし、22年からは山形のコーチに。そして昨季途中からトップチームの指揮を執っているのだから、間違いなく「詳しい」人である。
渡邉監督が「実はこの1週間、このゲームを迎えるにあたって、多くを語らないつもりでした」と話しているのも、このダービーへの思い入れの強さの裏返しだろう。「知る者は言わず。一番よく知っているものがベラベラ喋るのはあまりかっこよくもないし、得策じゃないというような思いがあった」(渡邉監督)というわけだ。
とはいえ、この人にダービーの何たるかを語ってもらわないわけにはいかない。試合後、直球で質問を投げかけてみた。「あらためて渡邉監督にとってのダービーとは」。
「一つ、私が何か言えるとしたら、僕は今までこのダービーを反対側のチームで数多く戦ってきました。それこそいろんな立場と役職で。本当に、この一戦にかける思いをものすごく多くの人が持っています。山形に来てまだ日が浅いんですけれども、山形の人の思いもものすごく背負って戦ったつもりです。そういう話も実際にサポーターの方ともできていましたし、『意地と意地のぶつかり合い』だとか、『プライドをかけた戦い』だとか、ありふれた言葉はたくさん出てくるんですけれども、本当にそんな言葉じゃ語り尽くせないようなものがあるんです」
とめどなく溢れてきた言葉に、このダービーの重みもあらためて感じさせられる。
「もちろん、世界中を見渡せばいろんなところにダービーがあって、そういうものから比べると、この東北の地のダービーなんて、もしかしたらちっぽけなものかもしれません。でも、そのちっぽけかもしれないものに懸けている人が、数じゃなくて、ものすごい質と量があるというものは、ぜひ皆さんを通してお伝えすることができればと思っています」
そう言葉を紡いだ渡邉監督の視点からすると、まだまだ選手たちのパフォーマンスに満足し切れなかったのかもしれない。
「今週始まるときに選手に言ったのは、『俺はもう今週何かを語るつもりはないよ。ただ、全てをかけろ』と。であれば、その全てをかけて戦った人間は本当に22人いたかどうか。われわれの選手で言えば、ピッチに出たのは14人。本当に全てをかけたかというと、僕はしっかりとそこは精査したいなと思っています。その熱量を僕が授けられなかったのであれば僕の責任。でも選手たちはもっともっと、それを自分でアンテナを張って気づいて感じて、もっともっと動かなきゃいけない人間も多分いたんだろうと思っています。この2試合で悔しい負けと引き分けから山形に関わった選手たちが気づいたのであれば、彼らのこの先の長いサッカー人生でもしかしたら成長につながるものがあったかもしれません。そういうものも何か伝えてあげられるのが一人の指導者としての仕事。そういうものを感じさせられるような一人の人間、指導者でありたいと思いました」
補足しておくと、自分がしたのはたったの一問である。ただ、渡邉監督が高い温度感を持って紡ぐ言葉の強さに、あらためてこの伝統ある東北のダービーの重みを感じさせられたし、この戦いを経た選手とチームを、二人の監督がどう成長させるのかも楽しみになった。
取材・文◎川端暁彦