明治安田生命J1リーグ第22節で8月5日、名古屋グランパスとアルビレックス新潟が東京・国立競技場で対戦した。長谷川健太監督、松橋力蔵監督は現役時代、日産自動車で先輩と後輩という関係だ。かつて日産が何度も輝きを放った場所で、時を超えて戦った2人は、どんな90分を過ごしたのか。

上写真=先輩に挑んだ新潟の松橋力蔵監督(左)と、受けて立った名古屋の長谷川健太監督(写真◎Getty Images/J.LEAGUE)

■2023年8月5日 明治安田生命J1リーグ第22節(@国立競技場/観衆57,058人)
名古屋 1-0 新潟
得点:(名)森下龍矢

「割り切るしかない」

 名古屋グランパスは長谷川健太監督が指揮を執り、アルビレックス新潟は松橋力蔵監督が率いる。横浜F・マリノスの前身、日産自動車でチームメートだった2人が監督として、国立競技場で2度目の対決に挑んだ。

 最初の勝負となった4月1日の第6節は、前半に新潟に退場者が出たこともあって、名古屋が3-1で逆転勝利。今回、真夏の夜の国立決戦は、3歳年上の長谷川監督が「ダブル」を、後輩の松橋監督はリベンジを狙う構図だった。

 中断明け最初のゲームだったから、お互いを分析して選手に落とし込む時間はたっぷりあった。

 松橋監督の狙いは「背後」と「手前」の関係性で名古屋の堅守を崩すことだった。「天皇杯の決勝で当たる可能性のあるチームなので」と笑いながら、詳細を明かすことは控えたものの、こう明かしている。

「相手の守備にもスペースができる瞬間はあるので、そこを共有しました。でも、その一歩前まではいいけれど、スペースがない中でどうするのか、背後を突けないときにブロックの手前をどう使うか、その両方ができればよかったです。一手目がダメなら二手目、三手目と、手数をもう少しかける必要がありました」

 長谷川監督は松橋監督のスタイルを頭に入れた上で、慌てなかった。

「試合の初めははめにいって、先制点を取るまでは高い位置で取れていましたが、和泉(竜司)がケガをして、(代わって入った米本拓司を)トップ下に入れるのではなく、3ボランチで5-3-2というシステムに変更しました」

 オールラウンダーの和泉を失うことで、長谷川監督のゲーム全体のプランの一つは崩れたという。だが、逆に物事をシンプルにした。

「それで、高(宇洋)のところでフリーになって持たれることにはなったのですが……そんなに、まあ、いいかな、という感じで割り切って(笑)。背後を取られたり、サイドで高い位置から攻められたら考え直したかもしれませんが、持たれるのはしょうがないですし、新潟がチームとしてやってくることなので、割り切るしかない」

 松橋監督は61分にDF堀米悠斗とMF太田修介を送り込んで、左サイドの攻撃を活性化させ、72分には星雄次と高木善朗という、ボールを受けるポジショニングとテクニックに長けたMFを2人同時に投入して、一気に勝負に出た。

「三戸(舜介)と小見(洋太)、松田(詠太郎)のスピードを生かして狙うスペースをなかなか突けませんでした。押し込む時間が長くなるのは想定できたので、背後のスペースがなくなる中でもあえてそのスペースをどう使うか。そこは2列目からの飛び出しの関係性を生かしたくて、鈴木(孝司)と高木と星でやってもらおうという意味合いでした」

 確かに効果はあって、例えば78分には小見が右斜めに走って背後で受けて、さらにペナルティーエリアの中に高木が走ってもらい、至近距離からシュートを狙うシーンはその象徴。だがそれでも、相手のブロックに阻まれるのだった。

 長谷川監督はピッチの中での選手たちの対応を高く評価した。

「同点に追いつかれたら、またシステムを変えようと考えていました。でも、そこは即興でやったのだと思いますが、(3ボランチの1人が)トップ下の高い位置に入って自分たちではめにいくような形を取っていったので、あの形にはいつでも変えられると思いながら、ケガ人も出たので早く動けませんでした」

 監督は同点に追いついてから立ち位置を変えるプランだったが、その前に、ピッチの現実を見て選手たち自身が判断して最適解を導いた。そこに、上位を走る名古屋の強みがある。

新潟が決めたかった名古屋のゴール

 そんな新潟のお株を奪うような名古屋のゴールは、14分に生まれている。

 右サイドで野上結貴が縦へ、走り込んだ稲垣祥が落として、藤井陽也が受ける。その内側に進入してきた和泉に預けると、勢いそのままにワンタッチで機敏に縦に抜けて相手を振り切りセンタリング、相手に当たってコースが変わったボールを、森下龍矢ががら空きのゴールにプッシュした。

 ウイングバック、ボランチ、センターバック、シャドーと、右サイドに配置された選手が次々に絡み、逆サイドのウイングバックがストライカー化して決める一連のアクションは、爽快だった。まさに、敵将・松橋監督が狙っていた「背後」と「手前」のコンビネーションを、名古屋の選手たちが面白いように描いてみせたのだ。

 もちろん、長谷川監督はこの一発を絶賛した。

「一つの自分たちの形ですし、新潟に対しての狙いでもありました。新潟はここのところサイドを割られても中で体を張って抑えていたので、こういうチャンスを決めきれるかがポイントでした。本当に素晴らしいゴールで、中で(森下)龍矢もいい形で詰めてくれました」

 やりたかったことを逆にやられた松橋監督は、ミスの連続を悔やむ。

「スキを突かれました。2列目から飛び出してくる選手への対応に甘さが出たし、最後も死角から入ってこられた。スキを一つ、二つと突かれて、ミスが続くと失点につながってしまいます」

 スキを狙って突いた名古屋と、その一瞬を守りきれなかった新潟。その差が結果となって現れた90分、ということになるだろう。そのディテールの積み重ねが、チームの進化を推し進めていく。その点で、見事に成功した名古屋も、名古屋の成功を目の当たりにした新潟も、多くの示唆を得たゲームだったのではないか。

 試合後のミックスゾーン。選手たちが取材対応をしているエリアの片隅で、日産自動車時代の先輩と後輩が長く真剣に語り合っていた。この90分で相手のどこを狙って何を警戒していたのか、答え合わせをしていたのだろうか。長谷川健太と松橋力蔵。監督同士も高めあっている。


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