上写真=2026年からキャプテンを務める中谷進之介(写真◎毛受亮介)
監督がやりたいことを察する才能
3月24日に、30歳になった。
この世界ではどことなく『大台』の雰囲気が漂う数字だが「実感がまったくない」と中谷進之介。ただし、プロサッカー選手になったばかりの頃の自分を思い返せば、今も最前線で戦い続けている自分に多少の驚きはあるそうだ。
「柏レイソルでプロキャリアをスタートした時は、30代だったタニさん(大谷秀和)や近藤直也さんらがすごいベテランに見えていました。当時の自分はその年齢までサッカーができるのか、全く想像できないような選手でしたしね。それを思うと、よくこの歳までサッカーができたなと思うし、大きなケガも少なく、今もコンスタントに試合に出場できているのも幸せだな、と。改めて支えてくれている家族や仲間に感謝しつつ、この先も気持ちは若く、ヒガシくん(東口順昭)や秋くん(倉田)のようにフレッシュに歳を重ねたいし、これまで通り、すべては自分次第だと信じて進んでいこうと思います」
13年目を数えるプロキャリアで唯一の心残りがあるとすれば、『海外』での経験を積めなかったこと。プロ3年目からコンスタントにピッチに立つ自分を見出してきた中で、日本代表に初選出された21年頃から試合に出る充実感は新たな野心を生んでいたが、タイミングもあってだろう。また、時間が経つにつれて「20代後半に入って、海外移籍ならどこでもいい訳でもない」と考えるようになり、結果、彼は今も日本で、ガンバ大阪で戦いを続けている。
とはいえ、だ。これだけ目まぐるしく選手が入れ替わるサッカー界でキャリアを積み上げることも、常に「求められる選手」で居続けることも当たり前のことでは決してない。その中で、3つのクラブで9人の指揮官と仕事をしてきた中谷は、それを可能にしてきた理由をどう考えているのだろうか。
「おそらく僕がそこまで色の強い、個性がはっきりした選手じゃなかったからじゃないかな。もちろん、こだわりはあるし、自分なりのプレースタイルもあるけど、でも、それがぜんぜん強くないというか。だから、この監督ならこういうプレーが求められているなということを汲み取って柔軟に自分のプレーを変えられる。そんなふうに監督がやりたいことを察して実行する能力が『才能』に入るなら、その部分に限っての才能は高かったかも。人に対して壁がなく誰とでも仲良くできるとか、自分が楽しいと思っていることには常にハッピーなマインドで向き合えるという、そもそもの性格が活きているのかも(笑)」
彼が言わんとすることはガンバに在籍したこの3シーズンでの姿からも容易に理解できる。実際、加入した24年も始動日からまるで何年も時間を共にしてきたかのごとく、チームにすんなりと溶け込み、先頭に立っていた姿が印象に残っている。つまり、立場や年齢、国籍の隔てなく誰とでもフレンドリーにコミュニケーションを図り、時間を共有し、距離を詰めるのが上手く、早い。しかも、それをナチュラルにできるのが中谷の魅力だろう。
