充実の宮崎キャンプが終了した。スティーブ・ホーランド新監督もとで質の高いトレーニングが行われ、新戦術は着実に浸透している様子だ。2025年の横浜F・マリノスは何に取り組み、ここまでに何を得たのか。チームの現在地と見てきた今季の方向性をリポートする。

上写真=宮崎キャンプが終了。キャプテンの喜田は「みんなが前向きにチャレンジできた」と手応えを口にした(写真◎舩木渉)

山根陸「選手としても幅が広がる」

 横浜F・マリノスの宮崎キャンプは1月30日に行われたヴァンフォーレ甲府との練習試合をもって打ち上げとなった。

 キャンプ中には大分トリニータ、ロアッソ熊本、そして甲府との練習試合が組まれ、3試合で2勝1敗。最初の大分戦こそ0-1で落としたものの、熊本戦で2-1、甲府戦は3-2と試合を重ねるごとにゴール数を増やしていった。

 今季からマリノスを率いるスティーブ・ホーランド監督にとっても実りある11日間だったようだ。甲府戦を終えた後の囲み取材では「選手たちのプレースタイルへの理解が確実に進んでいることを実感し、非常にうれしく思います」とご満悦の様子だった。

 最終盤にトーマス・デンが負傷したのは誤算だったが、他に大きなアクシデントはなし。新戦力も順調にフィットしている様子で、キャンプ前は選手層の薄かったセンターバックにもジェイソン・キニョーネスとデンの加入によって目処が立った。

 7年連続でキャプテンを務めることになった喜田拓也は「全体的にみんなが前向きにチャレンジしていますし、まずは信じてみんなで1つにやっていこうという姿勢は随所に見えたので良かったと思います」と充実のキャンプを総括した。

 練習試合の結果だけであれば、昨年の方が順調に見えた。失点は多かったものの横浜FCに5-2、大分に4-3、松本山雅FCに7-3と3連勝を飾り、計16得点。エースのアンデルソン・ロペスも3得点を挙げていた。

 一方、今年のロペスは未だ無得点。なかなかいい形でボールに触れず、フラストレーションを溜めている。それでもチーム全体に目を向ければ新戦術の落とし込みは確実に前進しており、昨年よりも手応えは大きいはずだ。

 というのも昨年は中途半端さが否めなかった。当時のハリー・キューウェル監督はシステムを従来の4-2-3-1から中盤にアンカーを置く4-3-3に転換したが、ポジションごとの役割が固定されて流動性を失ったことで選手たちは戸惑いを隠さない。練習試合でうまくいかない時間帯が続くと、ピッチ内の選手たちの判断で徐々にケヴィン・マスカット監督時代に近いやり方に戻してゴールを決めて体裁を整えるというのを繰り返した。

 そしてシーズンが開幕しても4-3-3が機能することは少なく、途中で4-2-3-1に戻して何とか勝ち切る試合が続く。しだいにキューウェル監督もピッチ内の選手たちの判断でポジションを入れ替えるなど動きに幅を持たせることを許容するようになったが、最終的にシーズン途中で解任となってしまった。

 では、ホーランド監督はどうか。まず練習メニュー1つひとつの質が違う。キューウェル監督は攻撃陣と守備陣をざっくり分けてそれぞれに違うメニューを課したり、実際の試合のスピードからかけ離れた状況での戦術確認を繰り返したりしていたが、チェルシーやイングランド代表で経験を積んできた新指揮官は常に実戦を意識できる状況を作り出そうとしていた。

 あえて狭いエリアに11対11の状況を作って擬似的に実際の試合に近いスピード感や強度を再現しながら、気になるポイントがあれば随時プレーを止めて指示を出す。その指示も「ボールを持った〇〇な状況で△△がこう動いたら、××はここに立って、□□は…」と非常に論理的で細かい。新システム3-4-3を機能させるために必要な要素を基礎から丁寧に伝えていた。

 そうすることでまず効果があらわれたのは守備面だ。相手がボールを持つ位置や体の向きによって前線からハイプレスをかけるのかミドルブロックを組むのかなど、判断材料が整理されたことで、試合を重ねるごとに組織が洗練されていった。何よりもピッチ上でのコミュニケーションの量や質は劇的に変わり、キャンプを終える頃には攻撃よりも守備に対しての自信や手応えを口にする選手が多かった。アタッキングフットボールを掲げるようになってから、そんなことはかつて一度もなかった。

 守備から手をつけたのにも理由がある。ホーランド監督は理想を追い求めるよりも、目の前の勝利を愚直につかみ取りにいくことを求めるタイプの指導者だ。練習試合でも公式戦と同じようなゲームマネジメントを要求し、数本あるうちの1本だろうと、何点差であろうと確実に勝ちにいくことを最も重視する。なりふり構わず相手ゴールに向かっていってリスクを背負うよりも、勝利から逆算して手堅く1点にこだわる方が頂点への近道になるという考え方のようだ。

 セットプレーに「生死」がかかっていることを力説し、守備時のポジショニングや体の当て方なども細かく指導したのも、流れに関係なく生まれるコーナーキックやフリーキックからのゴールがタイトルや昇降格に大きく影響することを欧州のトップレベルで身をもって経験してきたからこそだろう。

 日々の練習やミーティングを通して新監督の考え方に触れた山根陸は、「選手としても幅が広がる」とこれまでとは一線を画す学びに心を躍らせていた。

「スティーブさんが(ヘッドコーチを)やられている時のイングランド代表の試合を見ましたけど、『まさにこういうことをやりたいんだろうな』と。めちゃくちゃいいサッカーをしていて面白かったし、マリノスもこれなんだろうなって。チームとしても僕個人としてもレベルが上がるし、引き出しも増えるでしょうし、今後のことを考えた時にとてもいい機会だと思います」

 肝心の攻撃面でも徐々に再現性のある形が増えてきており、キャンプ中は無得点だったロペスに今季初ゴールが生まれる日も近いだろう。攻撃に関しては対戦相手をしっかりと分析してプランを立てる公式戦になれば、練習を通して積み上げてきたベースをより効果的な形に応用することできっちりとゴールに繋げられるはずと語る選手は多かった。

 2月12日に行われるAFCチャンピオンズリーグエリートの上海申花戦までの間にはJ1クラブとの練習試合も予定されている。対戦相手のクオリティが上がる中でキャンプでの収穫をチームのパフォーマンスにつなげられれば、大きな自信とともに本格的なシーズン開幕を迎えられるはずだ。

 4年前にはキャンプで3バックを仕込みながら、シーズンが始まって蓋を開けてみたら4バックに戻っていた……なんてこともあったが、今年の手応えは当時と明らかに違う。おそらく少しの調整で試合中に昨年までのような4バックに近い形に戻すことはできるからこそ、3-4-3をベースにトレーニングを重ねてきたことに意味がある。完成と言えるまでには少々時間はかかるかもしれないが、クラブの未来のために辛抱強く待つ価値は十分にあると言えるのではないだろうか。

文・写真◎舩木渉


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