上写真=アルベル監督が日本で初めて率いたクラブ、新潟と、2番目に率いているクラブ、FC東京が激突する(写真◎F.C.TOKYO)
「縦横」vs「横縦」
2020年に来日してアルビレックス新潟を2年にわたって率い、FC東京に移って2シーズン目。アルベル・プッチ・オルトネダ監督はその2つのクラブの指揮を執るに際して、どちらも最初に「ボールを愛せ」と言った。
アルベル監督の新潟での2シーズン目に横浜F・マリノスから加わった松橋力蔵コーチは、その次の年、2022年に監督に昇格した。選手にはプレッシャーは「技術ではがせ」と促した。
ともに選手の心に届く、生きたメッセージを持っている。ボールを、技術を何よりも大切にしてフットボールをプレーしようという、強くてまっすぐな思いが、象徴的に示された言葉である。
もちろん、言葉は言葉であって、その先のピッチに描かれるスタイルは似ているようで異なる。選手の個性が違う。新潟がアルベル時代から数えて4シーズン目を過ごしているのに対し、FC東京はアルベル流を取り入れて2シーズン目で、チームとしての練度も違う。
「縦から横」のFC東京、「横から縦」の新潟。常にうごめくチームの「型」を言葉で単純化することはとても難しいのだが、チームビルディングの流れを踏まえて、そんな仮説を思い浮かべることができる。これが、理解への最初の一歩にはなるかもしれない。
新潟はアルベル監督が就任してよりはっきりと、ボールを味方に預けて前進していくスタイルをつくり上げてきた。急いで前に突っ込むリスクを犯すよりも、一歩一歩着実に、の色を濃くした。松橋監督はそこに、より鋭敏な攻撃の手法を付け加えた。いわく「理念は捨てず、でも手法は柔軟に」。
だから、急いでも問題のない状況が出し手と受け手で一致すれば、優先順位を縦に置く。そうやって、見事にアルベル時代からの積み上げに成功して魅力的な攻撃を展開、2022年のJ2では42試合で73得点、勝ち点84で優勝を果たしている。今季、6年ぶりのJ1の舞台では、対戦相手の監督や選手、解説者らから「素晴らしいサッカーをする」と絶賛されている。
FC東京は前任の長谷川健太監督が、ハードワークを軸にした堅守と、スピードのある選手の個性を全面に押し出した速攻のコンビネーションを築いた。その「縦の残り香」を漂わせながらも、アルベル監督が新潟時代と同じようにボールを大切にしてスタイルの換骨奪胎を推し進めている。
そこに、選手の個性や立ち位置の違い、ボールの循環のルートや90分のタイムマネジメント、そして相手との関係性など、あらゆる要素が絡まり合って複雑にゲームが展開されていく。「縦+横」と「横+縦」と、似たような要素をチーム作りの根幹に据えつつも、進化の時間軸が正反対の(ように見える)両チームの戦いに、目を引かれるのだ。
「パウサ」の感覚
別の言葉を使えば、FC東京はとてもよくスペースへと走り続けた戦いから、ボールをテンポよくスプリントさせる方法へと切り替えた、とも言える。そのスタイルの転換期にあって、キーマンの一人である安部柊斗は何を感じ取って、何を手に入れたのだろうか。
アルベル監督が新潟時代に最初に選手に伝えたことの一つに「体の向き」があった。正しい方向を向かなければ、視野が確保されず、ボールをつなぐことはできないからだ。もし正しい方向を向けないのであれば、正しい方向を向いている仲間を使えばいい。FC東京でも同様だと安部は言う。
「悪い状況だったら、絶対に前を向くなと言われますね。それはいまでも言われますし、 自分が前を向けない状況だったら、前を向いている味方に落とそうと言われています」
前を向くことだけがいい角度を作ることではない。ゴールに背を向けて受けて相手のプレッシャーにさらされれば、無理にターンせずに後ろの味方に預けるのは、基本中の基本。
「面白いな、と思ったのは、『急いで前にボールを動かすと、急いで戻ってくる』というフレーズ。慌てて前にボールを蹴ったら、またその勢いで飛んでくるという意味です。そこで監督はよく『パウサ!』って言っています。スペイン語で小休止を意味して、『落ち着け!』という感じで、そんなに前に急ぐな、ということです」
そのパウサの感覚が、スタイル変更のエッセンスになっている。このことによって、安部は新しい自分に出会うことになる。
「長谷川健太監督は縦に速いサッカーでしたが、アルベル監督は縦にも行くけれど、『パウサも使おう』という感じです。そこで、前に行くときと行かないときの区別が自分の中ではできてきた感覚があります。自分の特徴は、行けると思ったら縦に速くスプリントしたり、ボールを素早く前に配給したりできることですけど、時間帯や状況によって落ち着いた方がいいときがあれば、一度自分でキープして、サポートを待つようにして、流れを読むことができるようになってきたのかなと思います。負傷で欠場していた間、外から見ていても、そういう気づきが増えてきたと思っています」
「U」のルートとサイドの「質」
チームビルディングの流れが「縦」から「横」だから、すでに備わっていた疾走感を生かすこともできる。安部も「1年目」からの小さな変化を感じている。
「ボールをつなぐのはベースとしてあって、それは引き続き、今年もやっています。その中でも今年は、前に行こうという意識が強く見られます。ボールを一つ飛ばして、近くにいる選手につなぐのではなくて一つ前を見ていこう、ということも今シーズンは監督も言っているので、縦に速いサッカーもやりつつですね」
新潟でも松橋監督が植えつけてきた意識だが、速さの思想や使い方は異なる。その差が、あるいは決着の糸口になるかもしれない。安部が意識するのは、「U」の感覚。
「無理に中にパスをつけることには、十分な注意を払う必要があります。そこで取られたら、一直線にゴールに向かってカウンターを受けるわけなので。できるだけ外から外から『U』の字でボールを回していこうよ、ということは昨年から監督が言っていることです」
実はこれは、新潟が「2年目」で苦しんできたことでもある。そこで「3年目」を預かった松橋監督は、計り知れないメリットをもたらす中央への鋭い縦パスと、奪われた瞬間の(というよりむしろ、縦パスを出すところからの)切り替えの守備でデメリットを消し込むことをセットで組み込んだ。こうして打開して、突き抜けたから、2022年の快進撃があった。
FC東京はまた異なる手法を用いて突破するつもりだ。安部は仲間のクオリティーの高さに絶対的な信頼を置く。
「うちには素晴らしいサイドアタッカーがいますから、まずサイドから攻めていくのは一つの手です。『U』の字で動かしながら、片方のサイドから素早く逆サイドまで展開すれば、相手のスライドが遅くなると思いますから」
きれいに左右にボールを動かすことを前提とすれば、FC東京から見た勝負のポイントは「サイド」ということになる。サイドアタッカーには、今季から加わった仲川輝人や圧倒的なスピードで切り裂くアダイウトン、かつて新潟でもプレーした抜群のテクニシャンである渡邊凌磨、売り出し中のルーキードリブラー、俵積田晃太と荒井悠汰らがいる。サイドバックにも、血気盛んな中村帆高、日本代表デビューを飾り、直前のサンフレッチェ広島戦ではウイングでもプレーしたバングーナガンデ佳史扶、パワフルに駆け抜ける徳元悠平、そしてあの長友佑都がいる。
『U』の字を描く「曲線的東京」が勝つか、すきを見つけては縦パスを突き立てる「直線的新潟」が上回るか。どちらもボールとともにプレーするフットボールをぶつけ合って、この2チームでしか生み出すことのできない特別な物語を綴ろうとしている。