「大丈夫、何とかなる」が重要です
オカダ・カズチカは愛知県安城市出身。少年時代は野球と陸上競技の二刀流だったが、心の中心にはいつもプロレスがあったという。中学卒業後に単身、メキシコに渡り、ウルティモ・ドラゴンのプロレススクール『闘龍門』の門をたたく。過酷なトレーニングに耐え抜いてデビューしたのは2004年。その後、順調にキャリアを積み、新日本プロレスへ移籍して再デビューを果たした。アメリカのプロレス団体『TNA』への武者修行を経て、2012年2月、凱旋帰国早々にIWGPヘビー級王座に挑戦。棚橋弘至を破り、史上2番目の若さでチャンピオンとなった。
一方の小川もスポーツ好きの少年だった。「空手をならっていたこともありましたが、サッカーをやっているときが一番楽しかった」という理由で、次第にサッカーにのめり込むむ。中学時代には『Forza'02』で日本クラブユース選手権U-15などで活躍。高校は流通経済大柏に進学し、3年生の時には高校選手権でベスト4入りを果たし、大会優秀選手にも選ばれた。卒業後、FC東京に加入した。1年目はU-22でJ3リーグでデビューしたものの、出場試合はわずか1試合。そこから体とメンタルをプロ仕様に磨いて壁を早々と乗り越え、2年目以降は出場試合数を増やし、飛躍を遂げた。
ーーお二人とも、少年時代に一番好きだった競技のプロになりました。プロになれた瞬間、例えばデビュー戦の日はどんな気持ちだったのでしょう。
オカダ 僕のデビュー戦はメキシコに行ってから1年くらいですかね、プロレスの師匠(ネグロ・ナバーロ)との試合だったんですが、本当にボコボコにやられて。5、6分で終わっちゃったので覚えていないというか、あまりいい思い出じゃないですね(苦笑)。
小川 ずいぶん若いときにメキシコに行かれたんですね。
オカダ 勢いというか、怖さはなくて、なぜか自信はあって。それが若さということなんでしょうけど。
小川 サッカーの場合、高校から大学経由でプロになる選手が大勢いて、高卒でプロ入りしても、なかなか試合に出られないケースがあるのは分かっていました。ですが自分もよく分からないですけれど、自信はありました。18歳で入ったとき、当時、同じポジションには日本代表だった太田宏介選手もいたのですが、「まあ、出られるでしょ」と思ったというか。1、2年もすれば出られると。なぜかと聞かれても、そう思ったとしか言えないんですけど、今振り返ると高卒でプロ入りするという決断は間違っていなかったと思います。これまで、若い選手が上の選手に対して遠慮してしまって力を出し切れなかったケースを見てきました。そこで自分を表現できなければ、当然試合には出られない。メンタルの強さは必要だと思います。デビュー戦の話ではないですね。
ーーお話を聞いていると、「大丈夫、何とかなる」と思えるメンタルがプロになる重要な要素だと分かります。オカダ選手は24歳でIWGPヘビー級のチャンピオンになり、小川選手も24歳で代表キャップを刻みました。
オカダ 15歳でプロの世界に入って色んな経験をして、24歳でチャンピオンになりましたけど、自分としてはそれでも遅いという感覚です。もっともっと若い選手がどんどん出てきてプロレス界が活性化されるようになってほしい。そうなれば、また自分も輝けると思いますから。立場が脅かされる? いやいや、脅かされない自信があります。僕も小川選手と一緒で「大丈夫でしょ」と思うことが多くて、「俺がいればやれるでしょ」とか「大丈夫でしょ」といつも思っています。だから活きのいい選手が増えることは、純粋にいいことだと思います。
小川 僕も若い選手には出てきてほしいと思います。それによって自分自身が高められるし、良い競争ができる。そういう状況を歓迎します。
オカダ 自分はこれまで、あまり追い込まれるとか、プレッシャーと感じることがありませんでした。試合前はもちろん多少は緊張しますけど、そういうプレッシャーのようなものは当たり前になっているというか、普通のことなので。そこも含めて闘いですし、押しつぶされているようではリングに上がれません。
小川 プレッシャーを感じる機会は僕もあまりない方です。練習でやってきたことを試合に出せれば良い結果が出ると思っているし、変に緊張して自分のプレーができないということもない。プロで試合に出る人はそこは乗り越えているとも思います。ここでまた質問してもいいですか?
オカダ はい、どうぞ。