12月9日、川崎フロンターレが3年ぶり2度目の天皇杯優勝を手にした。苦しみながら耐え抜いてつかんだ栄冠は、リーグでは8位と苦しんだ1年を象徴するかのようだ。脇坂泰斗が振り返る、このタイトルの意味と、手にしたからこそ言える未来への戒めとは。

上写真=サポーターとともに勝ち取ったタイトル。脇坂泰斗も涙した(写真◎小山真司)

■2023年12月9日 天皇杯決勝(@国立競技場/観衆62,837人)
川崎F 0-0(PK8-7)柏

「あんまり記憶がないんですけど」

 たくさんの人が、泣いていた。脇坂泰斗もその一人だった。

「心臓が張り裂けそうでした。でも、もうずっと信じてました」

 川崎フロンターレが柏レイソルのゴールを割れずに、しかしあちらにもゴールを許さずに迎えたPK戦。脇坂泰斗は87分にピッチをあとにしていたから、ベンチの前で仲間と肩を組みながら見つめるしかなかった。

 決めれば勝ち、となる5人目、バフェティンビ・ゴミスのシュートはGK松本健太に止められ、続く登里享平のシュートも防がれると、今度は決まれば負けという背水の陣。しかし、片山瑛一のシュートは左角に当たって弾かれて、息を吹き返した。

 そして10人目のキッカーはGKチョン・ソンリョン。「キーパーの選手はみんなキックがうまいんですよ。PKの練習もいつもしていて。だから、安心して見ていられました」。GKがキッカーを務めるのは珍しいが、脇坂に不安はなかった。その期待通りに決まると、続けて松本のキックをチョン・ソンリョンがストップして、優勝だ。

「あんまり記憶がないんですけど」

 その瞬間のことは、喜びのあまり覚えていないのだという。

「みんな走っていったんですけど、僕はなんか崩れ落ちたって感じですかね。本当にあんまり記憶がなくて。今シーズンは特にいろいろとあって、自分の中でこのタイトルこそ取りたいとずっと思っていたので、余計にうれしかったです」

縦の間延び

 序盤から柏に押し込まれた。鋭いプレスにボールが引っかかる。最終ラインの奥に向けたロングパスで背走させられ、間延びさせられる。

「J1昇格プレーオフで国立のピッチを見てて、結構使い込んでる状況だったので、より慎重に入りました。向こうは押し込むような感じで、耐える時間が長くなったんですけど、そこでもう少し意図的にボール動かせれば、もっと良かった」

 ピッチの中の感触は、相手によって不利な状況に追い込まれた、というよりは、こちらの過度なていねいさが招いた、というものだった。ただそれでも耐えることができたのは、今季のこのチームが獲得した武器だった。

「こういうゲーム展開で自分たちから崩れないように、という声かけは後ろの選手を中心にできていましたし、そこを耐える力が今シーズンの終盤にかけて出てきていたので、今日の試合もそれができたんじゃないかなと思います」

 もちろん、劣勢をゴールでひっくり返す力をこの試合で見せられなかったのは事実だ。鬼木達監督は選手間の距離が開きすぎたのが原因の一つと指摘して、脇坂も同意する。

「そうですね。やっぱり前の選手は出ていきたいし、後ろの選手は背後に落とされると下がってしまう。そういう状態で距離が遠いなとは感じてたので、そこで前を止めるのか、後ろが上げるのかを、ゲーム中でやるのはなかなか難しいけれど、できれば良かった」

 このことを脇坂は「縦の間延び」と表現した。

「奪ったあとも、縦の間延びが多くなってボールをつけるところが遠かったり、つけることができてもそのあとにはまってしまったりして、そこをどうするかが課題でもあります」

 鬼木監督は「フロンターレらしくはなかった」と諸手を挙げて喜ぶことはしなかった。決勝という大舞台だからこそ、いまのチームの「空白」があぶり出されたことになる。

「タイトルには絶対に貪欲に向かわなければいけない」

 そういう不完全性があるからこそ、タイトルを取るか取らないかで未来は大違いだ。ここで失ったら、空白は空白のままで取り残されただろう。しかし、0-0からのPK戦でジェットコースターのようなドラマの末に手にしたタイトルだとしても、獲得することによって見える景色は違う。2020年、21年と圧倒的な強さでJ1を制したチームが、主力の流出などもあって22年は無冠だった。またここで勝てなければ、負け癖が巣食うことになる。

「もちろん、昨年取れればよかったですけど、ここで2年連続無冠になると、そのままズルズルいってしまいかねないなと感じてました」

 脇坂の心にも不安が芽生えていた。

「タイトルって、自分たちからつかみにいかないと絶対取れないもの。それはタイトルを経験しているから言えることで、その気持ちが薄れていくのは絶対に良くない。タイトルには絶対に貪欲に向かわなければいけないという意味でいうと、こういう苦しいシーズンでもしっかりつかみ取ることができたのは、このクラブにとって大きかったんじゃないかなと」

 それは、未来を担う若手にこそ感じてほしいことだ。

「若い選手たちはみんな、トレーニングから自分の力を出そうとしていますし、そのフレッシュさで、僕たちもやらないといけないという気持ちにさせてくれます」

 でも、そんなに甘いものでもない。

「ただ、もっともっと求めていかなければチームの底上げにはなっていかない。それに、若手が簡単に出られるようでは、チームとして劣化していくだけ。彼らが自分たちの力でつかみ取れるように、僕たちも練習からしっかりやらないといけないですし、若手に求めることによって僕たちにも責任感が出ます。そういった相乗効果があると思うので、練習から意識高くお互いが求め合ってやれれば、さらに強くなっていくんじゃないかな」

 栄冠を手にしたからこそ、欠落はその輪郭をより明確にした。だから、苦悩の末にタイトルをつかみ取ったこの川崎フロンターレは、次の年にはもっと面白くなるだろう。


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