サッカー世界遺産では語り継ぐべきクラブや代表チーム、選手を紹介する。第37回は二強に抗って90年代後半から2000年代はじめに旋風を巻き起こしたスペインのクラブを取り上げる。南米の色がにじむ守備とカウンターを武器に、欧州王者に迫ったバレンシアだ。

引き込み式の防壁

画像: 中盤でバレンシアの中心となったメンディエタ(写真◎Getty Images)

中盤でバレンシアの中心となったメンディエタ(写真◎Getty Images)

 クーペルの率いるバレンシアが南米風だったのは、堅守の作法にある。例のクペラティバだ。そこから現代的な防御のイロハを読み取る向きもあったが、実際はどうか。そうした評価に値するのはむしろ、後任のラファエル・ベニテスがデザインした手法のほうだろう。

 クーペルの手がけた守備組織こそ古い南米のそれだった。ボールを失うと、懐深く構えて攻撃側を迎え撃つ。この引き込み式の守備戦術は南米勢の常套手段だ。2トップとトップ下はほぼ攻撃専門。中盤の3人と最終ラインの4人で守る分業制に近い。果敢にプレスを試みるベニテス時代とは異なり、前から圧力がかかりにくい状況にあった。

 高いラインを維持すれば、1本のパスで裏を取られかねない。そこで守りに回ると、速やかに最終ラインを下げるわけだ。2トップはパスコース限定要員に近い。トップ下のジェラールは主に対面のボランチをマークしてサイドにボールを吐かせる。クペラティバの真骨頂はここからだ。中盤は3人セットで素早い横ズレを繰り返し、隙間を埋めてしまう。ボールサイドを破られるケースはまれだ。

 ただ、3人が近い距離を保ってがっちり寄せるぶん、逆サイドに大きなスペースが生じる。そこに展開されると、横ズレのやり直しになるが、アンカーのハビエル・ファリノスを軸にした中盤の3人はハードワークを苦にしない。そこに大きな強みがあった。

 ボールの回収地点は下がるが、ボックス近辺の守りは堅く、2人のセンターバックはクロスに強かった。セルビア人のミロスラフ・ジュキッチは186センチ、相方を務めるアルゼンチン人のマウリシオ・ペジェグリーノに至っては193センチの巨人だった。

 要所に適材を据えて、スポンジのように攻撃側の勢いを吸収しながら、辛抱強く守り抜く。こうしてバレンシアの防壁は難攻不落の要塞と化した。このクペラティバは失点回避の切り札になると同時に、逆襲への伏線にもなっていた。敵陣に大きなスペースが広がっていたからである。クーペルの手元には、それを存分に生かす駒があった。

電光石火の逆襲

 相手を自陣に引き込んで守っても、ボールを奪ったらパスをつないで押し返す。

 堅守遅攻、ときどき速攻――。アルゼンチンでは、そうした戦法を採る強豪クラブが少なくない。敵陣でボールの奪回を試みる天敵がほぼ存在しないからだ。

 バレンシアは速攻と遅攻を使い分けている。ただ、最大の武器は電光石火の逆襲にあった。これでレアルとバルサのみならず、他国の強豪もなぎ倒し、当代きっての刺客にのし上がる。

 急先鋒がいた。クラウディオ・ロペスである。ピオホ(しらみ)の異名を取ったアルゼンチン代表の韋駄天だ。浅い最終ラインの背後を突いて一気にフィニッシュまで持ち込むスピードスターが急速に台頭した時代。ロナウド、ティエリ・アンリ、アンドリー・シェフチェンコらがそうだ。

 当時のC・ロペスも単騎駆けのスペシャリスト。一気にライン裏へ走られたら、ほぼ止める手立てがなかった。細身だが、左足の一発は強烈。代表ではアシスト役に回る機会が少なくなかったが、バレンシアでは重要な得点源でもあった。

 このピオホが先陣を切る逆襲の破壊力はケタ外れ。1999-00シーズンのチャンピオンズリーグ(CL)でも、目の覚めるようなゴールラッシュを演じて、人々の度肝を抜いている。特に本拠地のエスタディオ・メスタージャでは容赦がなかった。ラツィオ(イタリア)との準々決勝は5-2、バルサとの準決勝は4-1と圧勝。ちなみにラツィオ戦では襲撃者ジェラールがハットトリックを記録している。

 カウンターアタックの申し子を擁する集団が保守の戦法に徹したら、どうなるか。強豪がひしめくCLの舞台でその凄みを満天下に知らしめた格好だ。

 リーガではトップ3(3位)に食い込み、CLではクラブ史上初のファイナリストになった。決勝でレアルに0-3と敗れ、優勝の栄冠を逃したものの、シーズンを通して見る者に与えたインパクトは絶大だった。

 だが、そのオフに躍進の立役者たちが金満クラブの標的となる。C・ロペスがラツィオ、ファリノスがインテル(イタリア)に引き抜かれ、ジェラールも古巣バルサに復帰してしまう。
 それでも、バレンシアは手ごわい刺客のままだった。


This article is a sponsored article by
''.