8月23日、一人のフットボーラーがユニフォームを脱ぐ。サガン鳥栖に所属するFW、フェルナンド・トーレスが現役を引退するのだ。スペイン代表としてEUROを二度制し(2008、2012年)、ワールドカップでも優勝(2010年)。世界でも有数の実績を誇るストライカーが、キャリア最後のクラブとして選んだのが鳥栖だった。
 スペイン代表時代の盟友、アンドレス・イニエスタやダビド・ビジャが所属するヴィッセル神戸をホーム・駅前不動産スタジアムに迎える試合が現役ラストマッチになる。惜別の日を前に、フェルナンド・トーレスの歩みをここに振り返る――。

上写真=8月23日に現役を引退するサガン鳥栖のフェルナンド・トーレス(写真◎Getty Images)

三拍子そろったストライカー

画像: クラブシーンではリバプール時代の活躍が印象深い。ジェラード(左)とは相性抜群だった(写真◎Getty Images)

クラブシーンではリバプール時代の活躍が印象深い。ジェラード(左)とは相性抜群だった(写真◎Getty Images)

 彼はフットボールを二度生きた。

 この夏、現役生活にピリオドを打つフェルナンド・トーレス(サガン鳥栖)のことだ。優れた選手はもう終わったと思われる状態から、にわかに蘇るケースがよくある。

 いや、変身だろうか。

 ポジションの転向やプレースタイルの改造を機に復活するケースが少なくない。かつてのロナウド(ブラジル)もそうだ。最盛期にはたった独りで敵の守備者を何人もぶち抜く「怪物」だったが、選手生命すら危ぶまれる大ケガを乗り越え、ゴール前の仕事に専念する点取り屋へ変貌を遂げた。

 若き日のF・トーレスも、まさに飛ぶ鳥を落とす勢いだった。

 速い、高い、巧い。これだけの条件を備えた本格派のストライカーはスペイン史上でもめずらしい。大半の選手は3つのうち、何かが欠けていたからだ。

 名門アトレティコ・マドリーのカンテラ(育成組織)で育ち、18歳のときにラ・リーガ初挑戦。それ以降、実に5シーズン連続で2ケタ得点を記録している。まさに昇り竜だった。

 おそらくキャリアの最盛期はイングランド屈指の強豪リバプールに在籍した3シーズン(2007年夏から2010年夏)だろう。プレミアリーグ初挑戦の外国籍選手では最多記録となる24得点を量産。あっという間にエースの座に収まり、盟友スティーブン・ジェラードとプレミア最強の弓矢となった。

スペイン代表で欧州と世界を制す

画像: スペイン代表ではEURO2008、W杯2010、EURO2012と主要国際大会3連覇という偉業を達成も…(写真◎Getty Images)

スペイン代表ではEURO2008、W杯2010、EURO2012と主要国際大会3連覇という偉業を達成も…(写真◎Getty Images)

 スペイン代表でもフル稼働。2008年のEURO(ヨーロッパ選手権)ではドイツとのファイナルで優勝を決める決勝点をマークし、2年後の南アフリカ・ワールドカップでも世界制覇の一員に名を連ねた。

 だが、これを境にキャリアが暗転する。

 大会後に移籍したチェルシー(イングランド)での4シーズンは鳴かず飛ばず。とくにデビューから903分間もゴールから見放された1年目のトラウマが暗い影を落としているように見えた。結局、リーグ戦での得点は一度たりとも2ケタに届かず、2014年夏にミラン(イタリア)へ放出される。

 気づけば30歳になっていた。すでに終わった選手。そう思われても不思議はなかったが、ドラマには続きがあった。

 転機は「帰郷」だ。

 愛してやまない古巣(アトレティコ)への復帰である。2015年1月のことだった。すでに往年のスピードも切れ味も失われていたが、球際を少しも恐れず、前線で懸命に体を張り、泥臭いプレーもいとわなかった。

「チームの基盤はそのクラブで育った選手たちだと思う。所属クラブに対する強い気持ちが必ずプレーに影響するからだ」

 引退会見で口にした言葉である。人一倍強いホーム(我が家)への愛着が、彼を温かく迎え入れたファン・サポーターとの深い絆が再生のスイッチだったか。

 翌シーズンも粘り強いポストワークで黒衣の仕事をこなしながら、自らも久々の2ケタ得点を記録。さらにPK戦までもつれたチャンピオンズリーグ決勝でフル出場を果たし、悲願の優勝こそ逃したが、仇敵レアル・マドリードを大いに苦しめた。これが主家に仕える忠義者の最後の大舞台だった。

 そして、昨年5月に再び退団。3年半という短い期間だったものの、さっそうとピッチを駆ける音速の騎士は長いスランプを脱して二度目のフットボールを生きていた。

不屈の男のラストマッチ

画像: Jリーグの舞台で盟友イニエスタと対戦。8月23日、最後にもう一度、二人の激突が見られそうだ(写真◎Getty Images)

Jリーグの舞台で盟友イニエスタと対戦。8月23日、最後にもう一度、二人の激突が見られそうだ(写真◎Getty Images)

 そんな不屈の男が、クラブ愛の何たるかを知る男が、ついにラストマッチを迎える。相手は最高の味方にして最大のライバルでもあったダビド・ビジャやアンドレス・イニエスタを擁するヴィッセル神戸だ。

 申し分のない舞台が整った。古巣アトレティコではリーグ最終戦で惜別の2ゴール。やはり何かをもっている人なのだろう。

 いや、どんな結果になろうと、偉大なフットボーラーの生きざまがしかと見て取れる一夜になるはずだ。

文◎北條 聡 写真◎Getty Images、J.LEAGUE

◎F・トーレス クラブ出場歴(記録は8月20日現在)

所属クラブシーズンリーグ区分リーグ戦成績
アトレティコ・マドリード2000–01セグンダ(2部)41
2001–02366
2002–03リーガ2913
2003–043519
2004–053816
2005–063613
2006–073614
リバプール2007–08プレミアリーグ3324
2008–092414
2009–102218
2010–11239
チェルシー2010–11プレミアリーグ141
2011–12326
2012–13368
2013–14285
ACミラン2014–15セリエA101
アトレティコ・マドリード2014–15リーガ193
2015–163011
2016–17318
2017–18275
サガン鳥栖2018J1173
2019172

Fernando Torres◎1984年3月20日生まれ、スペイン・マドリード州出身。アトレティコ・マドリードの下部組織で育ち、16歳の時にトップチームに昇格。チームがリーガ・エスパニョーラのプリメーラ(1部)に昇格した02-03シーズンに13得点を挙げて注目を集め、翌シーズンからキャプテンを務めるなどチームの大黒柱として活躍。その後もコンスタントにゴールを記録し、07年にイングランドのリバプールに移籍した。加入初年度にいきなり24得点を挙げてその実力を証明すると、以降はチェルシー、ミランでプレーし、14年に再びアトレティコに加入。4シーズンを過ごし、18年7月にサガン鳥栖に加入した。クラブではチェルシー所属時代にFAカップ(11-12)、チャンピオンズリーグ(11-12)、ヨーロッパリーグ(12-13)、アトレティコ時代にヨーロッパリーグ(17-18)のタイトルを獲得している。スペイン代表には03年9月にデビュー。EURO2004、06年W杯、EURO2008、10年W杯、EURO2012、14年W杯と主要大会に連続して招集され、EURO08、10年W杯、EURO2012とスペイン代表の主要国際大会3連覇に貢献。EURO2012では得点王にも輝いている。今年6月に、8月23日の神戸戦を最後に現役を引退すると発表。その輝かしいキャリアの幕を閉じる。186cm、78kg

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