この日、湘南の本拠地BMWスタジアム平塚は異様の雰囲気に包まれた。後半アディショナルタイムに失点を喫しても、ホームチームを鼓舞する大声援が鳴り止むことはなかった。前節の磐田戦後からパワーハラスメント行為を行なったとの問題が持ち上がり、調査結果が出るまで曺貴裁監督は指導を自粛。8年間、チームを率いてきた指揮官不在のなか、湘南が見せたものとは--。
上写真=鳥栖戦に途中出場した岡本拓也
■2019年8月17日 J1リーグ第23節
湘南 2-3 鳥栖
得点者:(湘)松田天馬、古林将太 (鳥)イサック ・クエンカ2、金井貢史
いまから違うサッカーはできない(山田直輝)
立ち上がりに動きが硬くなり、2失点を喫したものの、そこから何かが吹っ切れたかように目覚めた。勇猛果敢な湘南スタイルは、指揮官が不在であっても消えることはなかった。気温30.5度、湿度68%の過酷な環境でも誰も足を止めず、プレスを掛け続ける。ベンチで指揮を執った高橋健二コーチは、ロッカールームで選手に呼びかけた。
「われわれのサッカーはわれわれにしかできない。何も変える必要はない。そこを突き詰めていこう」
最終スコアは2-3。結果だけ見ると、湘南にとっては後半アディショナルタイムに失点を喫する後味の悪い敗戦だったかもしれない。ただ、スタジアムには熱があった。失点直後に執念でゴールに押し込んだ松田天馬の耳にも、いつも以上にファン・サポーターの大きな声が聞こえていた。難しい状況で試合に臨んだことを認めつつも、プロとして心の整理をして臨んだ。
「自分たちのサッカーをやるだけ。やるべきことをやってやろう。チーム一丸となって、証明してやろうと思っていた」(松田)
曺貴裁監督を慕って集まってきたメンバーは多い。今季、3年間のレンタル期間を経て、浦和レッズから完全移籍した岡本拓也は「不安がないといえば、嘘になる」と神妙な表情だった。それでも、リーグ戦の真っ只中で立ち止まっているわけにはいかない。
「試合はすぐにまたやってくる。僕らには湘南スタイルしかない。チームがぐらつくことはない」
言葉に覚悟がにじんでいた。7月に浦和からレンタル移籍で加入したばかりの山田直輝も、指導を自粛する指揮官を慕う一人だ。
「確かに厳しい指導だけど、僕らのことを思ってくれている。僕はそう思う。そのチョウさんが築いてきたサッカーで湘南は戦っていく。いまから違うサッカーはできない。みんな一丸となってやるしかない」
苦難に立たされている湘南。それでも、チームがバラバラになることはない。鳥栖戦は結果につながらなかったが、一丸となって戦えることは示した。
取材・文◎杉園昌之 写真◎J.LEAGUE