上写真=田中碧が東京オリンピックとヨーロッパでの挑戦を選んだ2021年夏。さらなる飛躍を誓った(写真◎山口高明)
「しっかりと地に足をつけて」
田中碧は東京オリンピックの直前に、川崎フロンターレからドイツ2部のフォルトゥナ・デュッセルドルフへ移籍する決断を下した。期限付き移籍となるが、どうして、大舞台を目の前にしたこのタイミングだったのか。
「オリンピック後に移籍するという選択肢もあった中で、合流が遅れるということがどれだけデメリットになるのかが自分の中にあったということが一番大きかったんです」
「オリンピックでオファーが来るかどうかというのは、イエスだとは誰も言えないと思います。もちろん自分に対して自信は持っていますけど、ただいまもなお市場が動いている中で、オリンピックを見て獲得を決める、というのはなかなか簡単なことではないと思います。そういう意味も含めてこのタイミングで決断しました」
新チームで最初から自分の力を発揮するためには、早いほうがいいという判断だ。
「オリンピックが終わってからチームを決めて、それから行って、じゃあ試合に出られるか。シーズンも始まっている中で、環境も整っていなくて、言語もわからない中でサッカーをするというのは簡単なことではないです。海外へ行って、試合に出ることが一番必要なことだと思うので」
実際に、すでにドイツに渡ってトレーニングにも参加している。「顔見せ」は済んでいる。
「このタイミングでほしいと言ってくれましたし、代表に来る前に時間があったので、練習に参加できました。チームメートともコミュニケーションが取れたので、それが一番大きかったのかなと思います」
ヨーロッパでの冒険を始めるのに2部のクラブから、という点でも、田中なりの冷静な判断があった。
「小さいころから決してエリートではないですし、ポンと出られるタイプではないので。しっかりと地に足をつけて、じっくりとステップアップしていく人生だと思うので、その意味では焦らずというわけではないんですけど、まずはしっかり試合に出て、力をつけて少しずつ上がっていくのが自分にとって向いているルートなのかな、ということで決断しました」
「フロンターレの選手たちに負けないように」
トレーニングでは早くも異なる価値観に刺激を受けたという。感受性が強く観察力に優れる田中ならではの視点が、とても興味深い。
「数日間で一番感じたのは、やっぱりうまいというのはただの一つの武器なんだなと。日本だとうまいというのがピラミッドで一番上に来て、その下に速いとか、強いとか、そういう武器を僕は持っています、というスタンスですけど、ヨーロッパでうまいというのは別にたいして求められていないというか、うまいというのも、強いとか速いとか1対1で負けないとか点が取れるとか、全部横一線というか」
うまい、だけでは勝てないその世界観の中で、田中は堂々と勝負に打って出る。自信の種を持っているからだ。
「一番は頭の中かな、という部分はすごく感じます。フィジカルも技術も他の選手より優れているとはまったく思っていません。ただ、頭の中というか、認知する部分というのは自信を持ってやってきたので、そこで勝負していかなければいけないというのもわかっています。そこがより結果として表われてきているのかなと思いますし、自分自身も成長をすごく感じています」
その頭の中を鍛え上げ、研ぎ澄ましてきたのは、川崎フロンターレで、だ。小学生の頃からアカデミーで過ごしてきたクラブへの思いは、離れることになってより強くなる。
「やっぱり自分が育ってきたクラブですし、そこでの自分のプレーが評価されてここまで来られたと思うのですごく感謝しています。ここから先は自分自身の力で切り開いていくしかないので、オリンピックもそうですし、これからのヨーロッパでの舞台もそうですし、自分自身がしっかりともっともっと上のレベルで活躍することが恩返しだと思います。ここからまた頑張って、フロンターレの選手たちに負けないようにやれればと思います」
東京オリンピック、そしてドイツでの新しい冒険。輝かしい明日が待っている。
「僕がメッシになるというのはさすがにできないですけど、一芸に秀でていない選手の中でもやっぱりすごい選手というのはいると思うので、そのトータルバランスが優れた選手に、世界的にそういう選手になっていかなきゃいけないとはすごく感じました。だからこれからそういう舞台でどれだけできるか、ということにワクワクしている自分がいます」
挑戦する者だけに与えられる「ワクワク」という特権を得て、人生の最高の舞台にいま、しっかりと立っている。