上写真=MVPに輝いた清水梨沙(右から3人目の手前)を中心に笑顔が弾ける。池田太監督の「奪う」のコンセプトがさらに浸透してきた(写真◎JFA)
決着をつけたかったけれど
「苦しい試合でも勝ちやタイトルにつなげることができたのが、今回のE-1選手権で一番の収穫です」
なでしこジャパンのキャプテンにして、大会MVPに輝いた清水梨沙の偽らざる述懐だ。このことを強調するのには訳がある。
今年1月から2月にかけてインドで開催されたAFC女子アジアカップ2022。日本はワールドカップ出場権を獲得したものの、グループステージ第3戦で韓国に先制しながら追いつかれで1-1のドロー、準決勝では中国に2度先行しながらそのたびに追いつかれ、2-2からPK戦で敗退させられている。
つまり、試合運びに大きな悔恨を残していた。
その韓国と中国に対して、今回のE-1選手権がリベンジの機会になった。お互いにまったく同じメンバーではないが、決着をつけるチャンスだ。初戦の韓国戦では、宮沢ひなたが先制しながらロングボールをやたらと放り込んでくる相手に押し込まれて、またもや追いつかれる展開。しかし65分に長野風花が決めて、今回はきっちりと勝利をもぎ取った。
チャイニーズ・タイペイには4-1で勝ち、中国は韓国と1-1で引き分けて迎えた最終戦。日本が引き分け以上で優勝、中国は勝てばチャンピオンに、という「事実上の決勝戦」は、0-0のスコアレスドローだった。だが、90分のほとんどを日本が攻め立てる展開で、ゴールが生まれなかった反省は残るものの、いわば「圧倒的判定勝ち」。
「今日の中国戦で決着をつけたかったですけど、最後まで粘り強く戦えたのはよかったと思います」
中国に勝ちきれなかったものの、連覇という目標は達成。池田太監督の言葉からは一定の成果を手にした実感がうかがえる。
「はっきりプレーできた」と宝田
その中国戦は特に右サイドの攻撃が機能した。代表4試合目ながら2試合連続で先発に起用された千葉玲海菜が右サイドハーフで球際の強さを発揮して起点を作り、右サイドバックの清水の攻撃参加を促すと、FW植木理子とボランチの林穂之香も絡んでいって多くのチャンスを作った。左サイドもサイドバックの宮川麻都がボールを持てる選手で、サイドハーフのテクニシャン、宮沢とのコンビネーションは抜群。長野風花もボランチから顔を出して連係した。
このビルドアップを支えたのが、守備である。
「時間帯を考えてプレーして、どこか集中が切れたりするのをなくして、ミスが続くと失点になるので断ち切るところは断ち切ろうと話して、集中して試合で取り組めました」
林が要因として挙げたのは集中力だった。長野とともに2018年にU-20ワールドカップで世界一になったボランチコンビが、面白いようにボールを回収していく。サイドハーフもFWも、そしてトップ下に抜擢された代表2試合目の井上綾香も、奪われた瞬間の即時奪回に、まさに集中して取り組んだ。その結果、ボランチが悠々と、あるいは厳しく寄せてボールを処理しては、前線に運んでいった。
最終ラインの守備も安定した。この大会の3試合すべてに先発した宝田沙織は、左サイドバックで起用されることが多いが、チャイニーズ・タイペイ戦に続いて中国戦では本来のセンターバックとして守り切った。
「みんなで声をかけ合って、はっきりプレーできたのが良かったと思います。無失点で抑えられたのは自信になりました」
中国のキーマンであるFW王珊珊を中途半端なプレーをせずに抑えきった。カウンターにも落ち着いて対応して、危険なシーンはほとんどなし。守備陣の層を厚くするきっかけの試合になっただろう。
ただもちろん、池田監督は成果と課題の両方を挙げている。
「連係の部分でもコミュニケーションを取りながら、選手同士の距離感や組み合わせの中でいろいろな選手がプレーして、チーム力を上げる一歩になりました。ただ、カウンターで攻められる場面もあったので、精度を上げて強い守備を構築したい」
池田監督の就任初戦となる昨年11月のアイスランド戦では、鋭いカウンターから2失点を食らっている。1年後のワールドカップで優勝を狙う日本としては、90%という湿度に見舞われる劣悪なコンディションに苦しめられたこの試合でも、細部にこだわる厳しい姿勢は崩さない、というわけだ。
理解力と修正力
今回はインターナショナルマッチデーではなかったため、DF熊谷紗希(バイエルン・ミュンヘン=ドイツ)、DF南萌華(ASローマ=イタリア)、MF長谷川唯(ウエストハム=イングランド)らの海外組の一部の選手は加わっていない。その中でも、アジアカップで課題として露呈したゲーム運びの拙さを改善するために、この3試合で綿密に計画し、実行して、ゲームマネジメントの多様性に結びつけた。池田監督が説明する。
「韓国戦では大会初戦の入り方も含めて、相手のロングボールへの対策についてトレーニングで準備しました。チャイニーズ・タイペイ戦では相手の激しいプレスに対して、中国戦ではダイナミックに攻めてくるところをどうするか、といったように、短い時間ではありましたが、一つひとつのプランからトレーニングを選手と共有して、選手の取り組む姿勢を含めて理解力があったことは、成果として挙げられると思います」
ピッチの上では、例えば林は、中国戦のあとにこんなふうに感じている。
「韓国戦は放り込まれて最終ラインで跳ね返したときに、自分たちボランチをはじめ中盤で回収できずにシュートまで持っていかれるシーンが多くなりました。だからこの試合では、特にそこを意識して入ったことが、90分を通して日本のボールの回収につながったと思います」
池田監督の言う「理解力」は「修正力」の源になった。
「1年後」へのスタート
その守備のスタートは、最前線だ。池田監督が掲げるこのチームの最大のコンセプトは「奪う」。ボールを奪い、ゴールを奪い、勝利を奪う。この2文字がいかに選手のプレーに効果的であるかは、彼女たちのアクションからも明らかだ。奪われた瞬間に奪い返すのは、FWの大きな仕事である。
「ボールへの強度を高めていくことは、勝つチームであればどこもやっていることです。アジアカップから積み上がっていることは感じますし、もっともっと強度高くやるべきです」
ハイプレスもプレスバックも何度も成功させた植木が、言葉に力を込めて振り返る。アジアトップクラスの強度を誇る中国に、やり込められるシーンはほとんどなかった。
「チームとして一つひとつの勝負で勝つことで、その積み重ねが勝利につながる、という話がありました。個人の勝負で負けてはいけないと改めて提示されて、チームの決まりごとになりました。それがいい形で出せてよかった」
最前線からの守備が攻撃につながることを、植木はよくわかっている。大会ノーゴールは「個人として悔しい」と唇を噛んだが、それで守備の貢献への信頼までが損なわれることはない。
なにかと勝負どころの「弱さ」を指摘されてきたチームが、こうして強さを表現した。それこそが、この大会の最大の達成である。
ここからは、世界が相手だ。6月の欧州遠征では、彼の地のセカンドクラスになりそうなセルビアやフィンランドから5点ずつを奪って勝っている。それでもまだ、世界の一流と対峙して、強さで押し切ることができるかはわからない。
強さで上回った上で、「なでしこらしさ」と高く評価されてきた流麗なパスワークで切り崩す。その理想形に向けて、これからもっと力強く進んでいかなければならない。
「勝ちぐせをつけていきたいと言ってきて、今日は引き分けでしたけど、2勝1分けで1年後のワールドカップに向けていいスタートが切れたと思います」
清水が胸を張る。この優勝で自信をつけたメンバーに国外組が合流して、どんなケミストリーを起こすのか。1年後が楽しみだ。
取材◎平澤大輔 写真◎JFA/小山真司