J2のツエーゲン金沢は、和田昌裕強化・アカデミー本部長が1月31日をもって退任することを発表した。同氏は退任の理由について「家庭の事情」と説明している。後任は未定。

上写真=15年は京都で監督を務めた和田氏(写真◎J.LEAGUE)

昨季はクラブ最高成績

 兵庫県出身の和田氏は、順天堂大を卒業後に松下電器に入社し、1993年のJリーグ開幕戦でガンバ大阪の初得点を記録。阪神淡路大震災が起こった95年に地元クラブのヴィッセル神戸(当時JFL)に移籍してJリーグ昇格に貢献し、97年に現役を引退した。

 引退後は神戸のスタッフとなり、強化部長やチーム統括本部長などを経て、10年9月に監督に就任。降格の危機にあったチームをJ1残留に導き、翌11年はクラブ最高成績となる9位(当時)でシーズンを終えた。その後は京都やチョンブリーFC(タイ)などで指揮を執り、16年12月に金沢の強化・アカデミー本部長に就任した。

 退任に際し、クラブ公式サイトで発表されたコメントは以下の通り。

「突然のご報告になり、関係者の皆さまにご迷惑をお掛けしましたことをお詫び申し上げます。関係者の皆さま、サポーターの皆さま、3年間本当にお世話になりました。そしてありがとうございました。新しいシーズンが始まった矢先にこの様なご報告になりましたことをお許し下さい。

 皆さま方からいつも温かく、親切なお言葉を掛けていただき、それが日々の励みになっていました。着実に成長しているクラブと今後も一緒に歩んでいきたかったのですが、家庭の事情により、単身赴任での職務の遂行が難しくなったことをクラブにも理解していただきました。ツエーゲン金沢に誘っていただいた西川GMには感謝の気持ちしかありません。もっともっと金沢での生活を楽しみたかっただけに残念でなりません。

 今後は家族と生活しながら、新天地で頑張っていきます。2020年がツエーゲン金沢にとって素晴らしい一年になります事を心から願っております。本当にありがとうございました」

 17年シーズンから金沢の強化責任者となった和田氏は、同年に監督に就任した柳下正明監督とともにチーム作りを進め、昨季はJ2でクラブ最高成績の11位という成績を残していた。なお、現時点で後任は発表されていない。


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