上写真=鬼木達監督が「名将」の名を揺るぎないものにした(写真◎J.LEAGUE)
■2025年12月6日 J1第38節(観衆:37,079人@メルスタ)
鹿島 2-1 横浜FM
得点:(鹿)レオ・セアラ2
(横)天野 純
「鹿島の顔に…」
選手たちが背後から忍び寄って浴びせた歓喜(とイタズラ)のウォーターシャワーで、鬼木達監督はびしょ濡れになったまま叫んだ。
「鹿島最高!!!」
鹿島アントラーズが2016年以来、9年ぶり9度目のリーグ優勝を果たした。「たまたま自分が監督のタイミングで優勝できましたけど」と謙遜するのは鬼木監督らしいが、「9年間の悔しさが一つになって今日の勝利になったと思います。このスタジアム、すごいなって思います」と破顔一笑だ。
就任1年目。3連敗も2度。負傷者続出。簡単なシーズンではなかった。その分、笑顔で浮き出たしわもまた感慨深い。
この春、鬼木監督と個別に話ができた瞬間があった。
4月29日、J1第13節で横浜FCに3-0で快勝したあとのミックスゾーンの隅のほうで、「顔が変わったんじゃないですか」と声をかけた。
川崎フロンターレで達成した4度のリーグ優勝などの栄光を手土産に、現役時代をスタートさせた鹿島に戻った。託されたのはチームの再構築。勝手知ったる古巣ではあるものの、指導の道に入った川崎Fとは哲学も文化も異なるクラブだ。コーチから昇格して監督になり、「王者」の座を手に入れた川崎F時代の風格とはまた違って、一から這い上がっていこうとする挑戦者の猛々しさのようなものがにじみ出ていた。
「そうですか? 鹿島の顔になってますかね」とちょっとうれしそうに認めて、さりげなく言った。
「いろいろ大変ですけど、ここでやらなきゃ、僕が来た意味がないですから」
その「意味」を満天下に知らしめたのは、それから7カ月と少しが過ぎた冬のことだ。鹿島に久々のタイトルをもたらした、12月6日。

鹿島の礎を築いたジーコ(右)から鬼木達監督へ。伝統は受け継がれる(写真◎桜井ひとし)
「あの人も自分にベクトルが」
鬼木監督はこの日、前節の東京ヴェルディ戦で交代でピッチに出て輝いた松村優太と荒木遼太郎を先発させた。その2人が2ゴールを演出するのだから、相変わらず采配は鋭敏だ。
20分、右に流れたボールに反応した松村が一気に突破してマイナスへ、荒木が一度は打ちそこねたが、もう一度バイシクルキックで背中側に送り、中央でレオ・セアラが蹴り込んで先制。57分には、松村が自らのプレスのあとにそのまま右のポケットに走り出て、濃野公人からのパスを引き出すと浮き球のセンタリング、これをまたもレオ・セアラがヘッドで押し込んだ。
「彼らが自分たちで勝ち取ったものです」
鬼木監督の凄みはこの一言に凝縮されているのではないか。選手が正しい努力を追求して、監督を動かす。相手との戦術的なかみ合わせやコンディションなど、数多の基準があるとしても、監督が選手を選ぶのではなく、選手が監督に選ばせる。健全でフラットだけれども、シビアな関係性。その土台を一貫して損なわなかったからこそ、「本物」を生み出すことができるのだ。
鬼木監督はすべての人に感謝するとして「熱量がある人たちと仕事をして、熱量あるサポーターと戦えたことを誇りに思います。感無量。言うことのない気持ちでいます」と安堵の表情を見せた。
ただ、それは「逆」なのだと鈴木優磨が教えてくれた。鬼木監督からの要求がいかに高くて厳しいものであるかについて、しみじみと振り返ったときだ。
「本当に厳しいものはありますけど、その分、あの人も自分にベクトルが向いてるんで。引っ張っていく力の部分でボスが自分に矢印を向けていないと、僕たちも自分に矢印を向けられないから」
勝てるリーダーとはどんな生き物なのか。その真理が詰まっている。
「やっと、というんですかね」
鬼木監督はこれで、自身が持つ監督としてのJリーグ最多優勝記録を塗り替える5度目の日本一。そして、複数のクラブでJリーグを制覇した唯一の監督となった。紛れもなく偉大な歴史を作った「名将」は、「タイトルを取り続けたい」と早くも先を見据えた。
それは、目指すサッカー──すべての試合をハーフコートゲームで攻守に圧倒して勝つ──には「まだまだ」とのびしろを痛感するから。
「自分は選手として、プロで初めてアントラーズでお世話になって、選手としてなかなか……なんだろうな、この鹿島アントラーズに貢献することはできなかったので、そういう意味で言うと、やっと、と言うんですかね、やっとこう、このクラブの一員になれたというか、それぐらいの思いがあると思います。覚悟を持ってこのクラブを選んだこと、自分の決断が正しかったと思います」
「常勝軍団」の異名ばかりが独り歩きしていたクラブに9年ぶりのタイトルをもたらしたことではなく、タイトルを取って取って取り続けることが、古巣帰還の本当の「意味」になるのだ。
文◎サッカーマガジンWeb編集部
