川崎フロンターレからまた一人、若武者が世界に旅立つ。日本代表でもあるセンターバックの高井幸大は、7月5日の明治安田J1リーグ第23節・鹿島アントラーズ戦を最後に移籍のためにチームを離れた。仲間が逆転勝利で送り出してくれた輝かしい未来に向けて、いよいよ大きな舞台に立とうとしている。

上写真=高井幸大がついにヨーロッパへ。期待しかない(写真◎J.LEAGUE)

■2025年7月5日 J1第23節(観衆:23,675人@U等々力)
川崎F 2-1 鹿島
得点:(川)伊藤達哉、マルシーニョ
   (鹿)レオ・セアラ

「いい顔をしている」

 川崎フロンターレの一員として最後のゲームとなった鹿島アントラーズ戦で、高井幸大はその終了のホイッスルを、ファンウェルメスケルケン際のつった足を必死に伸ばしながら聞いていた。

「別に泣くようなキャラじゃないですから」

 逆転勝利の喜びも「最後」の余韻も味わうことはなく、仲間の足を気にかけたそのシチュエーションは、ひょうひょうとしたこの人らしいのかもしれない。

 その順調すぎるキャリアに、また一つ大きなステップが加えられた。「海外移籍に伴う準備と手続きのため」にチームを離れることになり、イングランド・プレミアリーグの名門、トットナム・ホットスパーへの移籍が確定的だと内外で報じられてきた。

 2022年2月に17歳で川崎フロンターレとクラブ最年少でプロ契約を結び、4月には早々にプロデビュー。23年にU-20ワールドカップに出場、24年にはパリ・オリンピックでベスト8入りに貢献した。9月には日本代表としてもデビューしてワールドカップ最終予選を戦い、Jリーグベストヤングプレーヤー賞に輝いた。

 25年に入っても、AFCチャンピオンズリーグエリートファイナルズでその守備能力をいかんなく発揮して、準決勝でポルトガル代表のスーパースター、クリスチアーノ・ロナウドを抑えてみせるなど、「アジア2位」の中心となった。来年の北中米ワールドカップでも日本代表の一員として期待を集めるセンターバックである。

 魅力的な192センチの体躯はヨーロッパで十分に渡り合える高さで、地上戦でもぎりぎりのスライディングを涼しい顔で仕掛けてブロックするプレーに代表されるように、守備のテクニックも秀逸。キックの技術と持ち運びの判断力に優れていて、攻撃力も高い。川崎Fの長谷部茂利監督が「すべてを持っている」と最大級の賛辞を送った高い総合力を誇るセンターバックを、イングランドの名門が放っておかなかったわけだ。

「いままでの成長のすべてを出そうかなと思って試合に入りました」

 そんな気持ちを込めて臨んだのが、この鹿島戦。敵将は昨年までのボスで、プロキャリアの最初に導いてくれた鬼木達監督だというところにも、浅からぬ縁を感じる。鬼木監督は教え子の大きなステップアップを素直に喜んだ。

「17歳から見てきて、いまは本当に顔つきも目つきも変わったと思います。引き締まっていい顔をしている。世界の舞台でも彼らしく戦ってほしいですし、チャレンジャーであり続けてほしいと思います」

 試合は2-1で逆転勝利を収めて、気持ちよく送り出してもらえることになった。高井本人は「終わりなんだな、とまではいかなかったですけど、最後の90分間、すごくサッカーを楽しめましたし、このチームでプレーできてよかったなと思います」といつものように落ち着いた小さな声で振り返った。

 この日も空中戦で負けず、シュートブロックを繰り出し、攻撃の第一歩になった。地元のファン・サポーターにたっぷりと、名残惜しそうに披露したその「総合力」こそが、「このエンブレムとともにこの場所でサッカーができてよかった」というあいさつの言葉以上に、雄弁なお別れのメッセージになったのではないだろうか。

 その圧巻のプレーはもちろんなのだが、最大の魅力は「ビビらないこと」だろう。Jリーグでは若さゆえに時折大きなミスを犯してしまうこともあったが、どこ吹く風。あとでその瞬間の心持ちを聞いてみて、「いやあ、焦りましたよ」という苦笑いでも返ってくるかと思いきや、「あんまり気にしないですね」とにやりと笑って煙に巻かれたことがある。まったく意に介していないのだ。

 この鹿島戦でも10分に自陣で中央へのパスを鈴木優磨に渡す格好になってしまい、そのままシュートを打たれたが、わずかに枠を外してくれた。これも「入らないと思ったので、ま、いっかなって」と笑うのだった。 

 起こったことを悔やむのではなく、それを踏まえた上で成長につなげる。そんな思考回路に違いない。

 ……と、もし本人に確認してみたとしても、きっと、「ま、そうっすね」とでも返ってきそうで、つまりは未来しか向いていないのだ。それが高井の最高の魅力だと言えるだろう。

 長谷部監督がみんなの思いを代弁した。

「皆さんもそう感じていると思いますが、スケールの大きさがあって、プレーや、普段のクラブハウスの中やピッチの練習以外のところでのふるまいを見ていると、大物感があります。そういうところが彼の今後の活躍につながっていく予感がするので、期待しています」

 高井は自分の目の前に開けた未来に、こんなイメージを持つ。

「本当にトップトップの選手になりたい。時間はないですし、若い選手がたくさん活躍しているので、頑張りたいなと思います」

「向こうではもっとオープンな展開が増えると思うので、一人で屈強なフォワードに対してどう守れるかがいちばん大切だと思います。ビルドアップのところはそんなに心配していないですけど、まずは守備のところでどれだけできるかは楽しみです」

 ヨーロッパでも「あんまり気にしない」精神で、並み居る世界的なストライカーを封じてほしい。それは決して夢物語ではなく、すでに多くのファンの想像の中には、堂々たるパフォーマンスを披露して喝采を浴び、ちょっとだけ照れくさそうに笑っている高井がいるに違いない。


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