小川諒也はこの夏、7年間を過ごしたFC東京からポルトガルのヴィトーリア・ギマランイスに移籍する。6月26日、アウェーのサガン鳥栖戦がFC東京の選手として臨む移籍前ラストマッチ。新たなステージに向かう前に、移籍決断の理由、自身の未来像、そしてFC東京への思いを聞いた。

サポーターへ「お互いに頑張りましょう」

画像: 5月29日、味の素スタジアムで行われた鹿島戦の試合後、サポーターに挨拶した小川(写真◎J.LEAGUE)

5月29日、味の素スタジアムで行われた鹿島戦の試合後、サポーターに挨拶した小川(写真◎J.LEAGUE)

ーーFC東京でプロになり、歩んできた選手としては、シーズン途中に移籍することで悩む部分もあったのではないですか。

小川 それはありましたが、アルベル監督やチームの人たちには、今シーズンが始まる前から海外に行かせてもらいたいという思いを伝えていました。

ーーでは、チームとの話し合いもスムーズだったのですね。

小川 はい。それにFC東京には自分以外にも、サイドバックがたくさんいます。J1レベルで戦える選手がいますし、自分が抜けても、大きな戦力ダウンにならないと思っています。そういう思いも根底にはありますね。

ーーFC東京でサイドバックとして活躍し、海外に行く流れができていると感じます。小川選手が移籍することでまた、その流れが明確になりました。

小川 FC東京には見習うべきサイドバックの選手が数多くいました。(太田)宏介くんや(徳永)悠平くん、(室屋)成くん、今は佑都くんが帰ってきて、本当に尊敬できるサイドバックがめちゃめちゃ多い。その中で自分も成長させてもらいましたし、若い選手たちにとってまた、自分がそういう存在になりたいと思ってやってきました。確かに、海外に行く選手も多いですね。

ーー好循環が生まれているとも感じます。

小川 本当に環境に恵まれたということでもあると思います。自分自身が海外のチームに呼んでもらえるぐらい成長できたのも、周りにいたサイドバック、そしてモリゲ(森重真人)さん、(東)慶悟くんたちチームメイトのおかげですし、FC東京でプレーしてきたからだと思っています。

ーー海外に行ってもなかなかうまくいかないケースもあります。チャレンジする意義はもちろんありますが、小川選手は海外で成功するために何が重要だと考えていますか。

小川 やっぱり、どれだけ馴染めるかじゃないかと。(スペイン出身のアルベル)監督に聞いたら英語が通じない人もいるということだったので、ポルトガル語をなるべく早く覚えて、コミュニケーションを取れるようにしたいと思っています。佑都くんを見ていても感じますけど、コミュニケーション能力がすごいじゃないですか。そういうところがないと、海外で長く活躍することはできないなんだなと。生き残っていくには、大事な要素だと思います。

ーー昨季の試合の映像を見たりは?

小川 何試合かは映像をもらって見ました。ポルトガルリーグ全体の印象で言えば、やっぱり日本よりも結構ラフなサッカーという感じがします。それと個人個人の戦いも多いかな。メンバーについては、新シーズンに向けてまだここから出入りがあると思うので、どんな選手が残ってどんな選手が出ていくのか分からないですけど、映像を見た印象では前線に強い選手がいて、そこに自分が合わせることができればなとは思いました。サイドバックとしては結構、やりやすい選手がいると思っています。

ーーパスを受けて組み立てに関与する上では、小川選手の意図を周囲に理解してもらうことも必要だと思います。時には自己主張することも重要かもしれません。

小川 それは絶対必要ですよね。自分の意図や、なぜ今、前線に上がってきたのか。そういう狙いはしっかり伝えたい。海外に行って、何もできず帰ってくることはしたくないし、必要なことは何でもやるつもりでいます。

ーーFC東京には、長友選手という理想的なキャリアを過ごしている先輩がいます。海外で長くプレーし、チームに復帰しました。

小川 本当に最高のサッカー人生だと思います。自分もそうなれたら、と思いますよね。理想です。

ーーここまでのキャリアの中でFC東京での最高の思い出を一つ、挙げるとすると?

小川 それはやっぱり(Jリーグカップに)優勝したときですね。初めてのタイトルでしたし、僕がいる間にはその一つだけになってしまいましたけど、優勝するというのは、こういうことだなと、優勝したチームにしか分からない。

ーーコロナ禍で連戦もあり、とても苦しい2020年シーズンの最後を飾ることになりました。では後悔や何かやり残したことはありますか。

小川 後悔は、もちろん自分が全然ダメだった試合は全てが後悔です。ただ成長につながった部分もあるし、後悔を挙げるのは、難しい。

ーー鹿島戦の試合後に「成長できた」という話をしていました。FC東京でプレーしたことがプラスになったと。

小川 先輩たちは本当に代表クラスの人ばっかりでこの環境というのは、自分が試合に出ても出なくても、いろいろ学ぶことができました。2年目からは試合に出してもらえるようになり、今があります。本当にこのチームを選んで間違いなかったというか、いろんな経験をさせてもらいました。
 自分のせいで負けた試合もありましたけど、それでも試合に使ってくれた監督や、いろいろとアドバイスをくれた先輩たち。そのおかげで今、東京で試合に絡むことができ、去年は代表に呼ばれて、海外にも行けることになった。これは自分だけの力ではなく、いろいろな方々の支えがあってだと思っています。

ーー今の段階で言うことは難しいかもしれないですが、逆に小川選手が東京に残せたと感じるものがありますか。

小川 FC東京は上の選手たちと、僕の間の年代というか、中堅と言われる選手が少なく、その中で上の選手と下の世代のつなぎ役になれればとは思ってきました。上に絡んで、下にも絡むという点では、少しはその役目を果たせたかなと思います。

ーーまさに海外でも必要なコミュ力を発揮していたのでは。

小川 そんな大したことはしていないですけど(笑)。

ーーサッカー選手としての未来像について、どんな選手なりたいと今、思っていますか。

小川 目指すべきは、日本を代表するサイドバックです。今、日本のサイドバックと言えば、長友佑都選手であり、内田篤人さんであり、酒井宏樹選手というイメージがあると思います。そういう中に小川諒也の名前が入っていけるように頑張りたい。

ーー最後に、ファン・サポーター改めてメッセージをいただけますか。

小川 東京のサポーターは本当に温かくて、7年間、変わらず支えてももらって感謝しています。自分がプロになった頃なんかとくに冷や冷やしながら見ていたと思いますけど、悪いときも声援を送ってもらいました。それは自分の大きな力になりましたし、自分の自信にもつながった。ここまでやって来れたのは、サポーターの力でもあると思っています。 
 自分はこれから、違うチームでプレーすることになりますが、少しでもいいので、見てくれたり、気にしてもらえたら。自分もFC東京のことをずっと見ています。お互いに、頑張りましょう。

取材・文◎佐藤 景

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