上写真=渡邊凌磨はイニエスタをかわしてゴールにつなげたプレーが話題に。守備では「まだ中盤の守り方の癖が出てしまっている」と課題を見据える(写真◎J.LEAGUE)
50分、新生FC東京の真髄
渡邊凌磨は、イニエスタの股を抜いていない。
しかし、インパクトは大きかった。4月6日のヴィッセル神戸戦、先制されたFC東京が1-1に追いついて迎えた57分のことだ。渡邊が蹴った左CKがクリアされたが、それを味方がつないで再び左サイドで受けた。奪いに来たのがイニエスタ。勝負を仕掛け、一瞬、股抜きをしたように見えるタッチでかわしていった。
「股抜きはしてないですよ」
渡邊は「弁明」する。最初はダブルタッチで抜き去るイメージだったというが、イニエスタを見て変えた。
「体ごとライン上に寄せてくる守備をしてきたのが目に入って、とっさに股抜きに変えました。でも、相手が寄せ過ぎてきたから『裏街道』になったんです」
「裏街道」とはこのシーンのように、相手の右にボールを出しておいて自分は逆の左から抜け出していく方法だが、さすがのイニエスタが渡邊の意図を予測して足を閉じながら体の向きを変えたことで、結果的には軽やかに抜き去ることができた。
そのまま持ち出して、今度は山川哲史とその横にいる菊池流帆に向かっていく。2人の間にできた道の先に永井謙佑がいた。間を割るパスを鋭く通すと、永井がヒールで残し、アダイウトン、ディエゴ・オリヴェイラとつながって、最後は森重真人がゴール左に蹴り込んだ。
この3分前に決まった同点ゴールも、渡邊のパスがスイッチになっている。右サイドで受けてから、ゆっくり寄せてきた槙野智章の股の下を抜いてスルーパス、これで永井がニアゾーンを取って、じっくりためてタイミングをずらして逆サイドに送り、アダイウトンがヘッドで決めて同点に追いついている。
1点目のパス、2点目のドリブルとパス、すべてに共通するのが、あえて相手の足元へとボールを強気に走らせていることだ。相手の足が届かない遠くの場所へ送るのではなくて、物理的には届くはずなのに実際には触ることのできないルートに滑り込ませるテクニック。感性と技術の組み合わせで生み出しているという。
「感覚的に抜けると思っているので狙いにいく、という順番ですね。足の近くはキーパーでも狙われたりする場所ですけど、僕の中ではそこを狙える統計的なエビデンスが取れているので、狙っているんです」
最短距離を通せばその分だけ、速くシンプルに目的地にたどり着ける。その技を、今季は転向したサイドバックというポジションにとらわれない役割で生かしている。
その少し前、0-1でビハインドを負っていた50分には、自らビッグチャンスを迎えている。フィニッシュにつながる一連の展開は、まさにアルベル監督が授けるポジショナルプレーの真髄に近いプレーだった。
左サイドで長友佑都が相手のミスを拾ったところからスタート。森重、ディエゴ・オリヴェイラ、青木拓矢とつなぎ、森重が一気に右サイドにロングパス。今度は右で押し込み、渡邊、永井、渡邊、安部柊斗、渡邊、永井、安部、青木、木本恭生、渡邊、永井と動かした。前後に、左右に、斜めに、ワンタッチやフリックも入れてテンポを変える工夫も組み込んだ。永井のクロスは一度相手に弾かれるものの、これだけ多くの人数を右にかけていたから、難なく青木が回収して縦へ。再び永井が抜け出すと、落ち着いてマイナスに送った。
そこに、渡邊がいた。しかし、シュートはわずか右に外れてしまう。
「予想して準備してはいたけど、待つ足が違ったかな」
シュートは左足だったが、イメージは右足でのフィニッシュだった。
「僕は右足で待ってたんですけど、永井選手は左足に出したかったみたいで。体をニュートラルにして、どちらの足でも出せるようにしなければいけなかった」
それでもこのあとに2ゴールを演出して、逆転勝利の立役者の一人になった。のちに今季を振り返ったとき、アルベル監督のポジショナルプレーを象徴する一人として自信を深めるゲームになった、と思い出されることだろう。