上写真=岩尾憲のことを「ピッチ上の監督」と呼ぶ馬渡和彰と。プロで最初に湘南でもらった背番号19を選んだ(写真提供◎浦和レッズ)
「成熟しきっていないと感じていました」
岩尾憲には圧倒的なアドバンテージがある。「彼」を知り尽くしていることだ。
「1年前、リカルド監督が(徳島から浦和に)移籍して、僕も4年という時間を過ごさせてもらった中で寂しいと言おうか、悔しい思いがあってゲームを見ることできませんでした。でも、対戦相手として対峙したときに、哲学を大事に指導されていると感じる試合をしていた印象でした」
徳島ヴォルティスでともに手を組んで戦ってきたのと変わらぬスタイルがそこにあった。でも、岩尾にだから気がつくこともあった。
「ただ、僕もリカルド監督の1年目から一緒にやってきましたけれど、彼が体現したいサッカーは1年という短い時間ではできないということは体験しています。いいサッカーができていると思う一方、成熟しきっていないと感じていました」
リカルド・ロドリゲス監督は2021シーズンに初めて浦和で指揮を執った。だから昨季から浦和にいる選手でも、最も長くてリカ・スタイルを1年経験しただけだ。2022シーズンを前に追いかけるように浦和へとやって来た岩尾は、その4倍もの経験を持っている。
いろいろな表現があるが、徳島時代に1年、ともにプレーして、今回奇しくも同じタイミングで大宮アルディージャから浦和に加わった馬渡和彰は「ピッチ上の監督。頼もしい」と喜んだ。
「まだ監督と話していないので憶測ですけど」と岩尾は断ってから、「もう一人の監督」の自覚を明かす。
「戦術は細かいですし、そこに割く時間は長いと思います。おこがましいですけど、選手のマネジメント、組織としてのとらえ方について、僕自身もプレーしながらそちらの歯車としても一緒に考えていかなければならないと思っています」
6年間、徳島の象徴としてプレーしてきて、悩みに悩んで飛び出した。時間がなかった。
「今年34歳になるキャリアで、残された時間は若い選手に比べてそんなにありません。時間の使い方をどうしたいか考えて、浦和レッズさんにお世話になることを決めました」
だからこそ、監督と選手の橋渡し役も喜んで買って出る。
「リカルド監督の戦術をしっかりと時間を掛けて理解してきたつもりです。相手の状況を見ながら効果的にスペースをどこに空けたいのか、どこを使いながらプレーしたいのか。一瞬一瞬で変わるサッカーというスポーツの中で、開始のホイッスルから90分でいろいろな流れやスコア、時間帯を含めて、変動の激しいスポーツなので、ピッチの中で状況を理解して適切なプレーを選択できるように心がけています」
浦和レッズというチームが、リカルド・ロドリゲス監督の色にもっと深く染まるために、岩尾が心掛けるのは、ピッチの上と同じ「判断」だ。
「1日1日の練習にコンセプトや意味を持たせる監督です。それをよく分かっているからこそ、いい形で還元できればと思います。とは言え、選手それぞれに特徴ややりたいプレーがあります。やらなければいけないこととやりたいことを区別して、そのとき適切なことをできずにやりたいことだけ先行してしまうと、戦術の浸透は遅くなっていくと思います。とはいえ、やらなければいけないことだけやると個性が消えてしまう。表裏一体なので、いい形でバランスを取りながら、言及したほうがいいときは言及して、見守るところは見守って、注意深くアプローチしていきたい」
その絶妙すぎるさじ加減は、ピッチの上で360度の視野とタイムコントロールでボールを配っていく、その計算された美しいパスだけではないのである。