上写真=鬼木達監督は競争の激化を喜ぶ。J1連覇へ向けてラストスパートだ(写真◎J.LEAGUE)
「監督を始めたときからずっと大事にしている」
川崎フロンターレの鬼木達監督は「新しいこと」をチームに仕込んでいる。その一つが、選手の配置の変化だろう。昨季から取り組んで、超攻撃サッカーの代名詞にもなっているアンカーシステムの4-3-3フォーメーションを軸に、中盤をボランチ2枚とトップ下というイメージの4-2-3-1、あるいは前線に人をかける4-4-2、あるいは最終盤に押し込む4-2-4などと自在だ。
興味深いのが、こうした数字で選手の配置を語ることに対して嫌悪感を隠さない指揮官が数多い中で、鬼木監督はむしろ自分からはっきりと数字を口にすることだ。選手たちの理解が早いのもそのせいだろうか。もちろん、実際のピッチではその数字では表しきれない立ち位置の変化を仕込んでいるのだが。
例えば、9月22日のJ1第32節鹿島アントラーズ戦では、キックオフからボランチにジョアン・シミッチと橘田健人を2枚並べるスタイルをベースに戦った。「メリットが多いから」としたのは、相手と自分たちの関係や刻一刻と変わる試合の展開、選手のコンディション、組み合わせの優位点を見極めた上での判断という意味だ。だが、「それが良かったのかは検証しなければ」と試合直後に話していて、実際には状況に応じて微調整を繰り返しながら調整を加えていった。
78分にレアンドロ・ダミアンに代えて知念慶を投入すると、67分に先に入っていた小林悠と2トップにしてゴール前に厚みをもたらした。1トップか2トップか、それを選ぶ基準はどこにあるのだろう。
「答えになっていないかもしれませんけど、フィーリング、としか言いようがないんですよ」と鬼木監督。
「悠も知念も、ゲームの中で前線でどのポジションでもできますけれど、どのタイミングでどこにいるのが一番ゴールを取れるのかなというのはフィーリングなんです。当然、真ん中のほうがいいということもありますが、真ん中の先頭なのか少し下なのか、それとも右のほうが良さそうかなとかフィーリングがあって、あとは周りとの兼ね合いで、いいところにいたとしてもボールがそこに出てくるかどうか、ということも考えながら選んでいるので、答えとしてはフィーリングになってしまいます」
試合中の情報を集めて分析した結果としてのアウトプットが、フィーリングという名の決断力なのだ。
「そこは監督を始めたときからずっと大事にしているところでもあるんです。頭を固くしないようにというか、何が起きているか見極めるんだと自分に言い聞かせながら」
左サイドでも「新しいこと」が起きている。マルシーニョの加入で左ウイングのポジション争いが活性化。徳島戦、鹿島戦ではマルシーニョが先発し、徳島戦ではPK獲得のドリブル突破や脇坂泰斗のビューティフルゴールをアシストするなど華々しいデビューを飾った。鹿島戦ではそのマルシーニョに代わった宮城天がドリブルからファウルを受けて、同点につながるFKを獲得、アディショナルタイムには無回転ミドルで劇的な逆転ゴールを決めてみせた。
「競争が生まれていますね。改めて競争は大事だと感じています。一人がいいプレーをしたら刺激が入りますし、そのことでチャレンジすることが増えてきました。もちろん結果を残した選手はもっともっと、と感じていますから、喜ばしいことです。ほかにもいろいろな選手に可能性はありますから、さらに競争が激しくなっていけばいいと思います」
「人を育てながら勝つ」という鬼木監督のミッションは、そんな競争が土台にある。知念慶、橘田健人、マルシーニョ、宮城天、遠野大弥など、「次の世代」がいきいきとピッチで躍動し始めた。4つのタイトルのうち2つを失ったが、フィーリングと競争の先にJ1と天皇杯のダブル連覇が達成できれば、そんな若手がさらなるスケールアップを遂げるだろう。