上写真=時折、鼻をすすりながらオンライン会見で真摯に中村憲剛への思いを語った(写真◎スクリーンショット)
「楽しさとかうれしさを味わって」
「前日にすごいプレーを見ていて、僕自身もそのプレーでこの人を超えなければいけないなと思っていた中で聞いたので、涙が止まらなかったですね」
脇坂泰斗は11月1日のチームミーティングで、中村憲剛の引退を伝えられた。前日の10月31日、FC東京との「多摩川クラシコ」で1-1で迎えた74分に中村自らがゴールを決めて勝利をもぎ取ったばかりだった。その3分後に、中村に代わってピッチに入ったのが脇坂だった。
「いろんな気持ちがあって僕の中でもまだ整理できていないんですけど、でもやっぱり憲剛さんとプレーできて楽しさとかうれしさを味わって、フロンターレに入って3年目ですけど、その思いが強いです。もっともっとやりたいなという気持ちです」
思い出すとこみ上げてくるものがあるのか、時折、鼻をすすりながら、脇坂はゆっくりと話を続ける。すべての人の気持ちを代弁するかのように、言葉を大切に選びながら。
「1年目は試合に絡めない中で、技術はもちろんぶれないメンタルを続けることの大事さを教わりました。昨年から試合に絡めるようになって、去年はトップ下、今年はインサイドハーフとポジションも一緒で、いろんなアドバイスをもらっています。今年は憲剛さんがケガをして自分が出るという立場になりましたが、自分の立場がこの3年で変わる中でその時に応じて適切なアドバイスをくれました」
ポジションは同じだし、どちらもプレースキッカーでもある。共通点が多い、というか、中村憲剛のDNAを脇坂に受け継いでもらって、さらに発展させてもらいたいというクラブの大きなプロジェクトの一環のようにも見える。
「まったく遠い存在だと思っています。でも、ここが難しいところなんですけど、憲剛さんは憲剛さん、自分は自分、という考えも持たなければいけないと思っています。そういう気持ちを含めても、まだまだ足りないですけど」
中村はここからおよそ2カ月の戦いにおいて、自分の引退のために、という意識を持たないように仲間に呼びかけた。脇坂ももちろんその意を汲んでいる。
「試合はどんどん来ますし、その中で100パーセントの力を目の前の試合に出し続けて、最終的に優勝までいければいいと思っています」
でも、タイトルを手にしたそのときなら、憲剛さんのために、と堂々と言っても許されるかもしれない。
中村は2017年にJ1リーグで初優勝、翌年連覇を果たし、19年にはルヴァンカップを制している。国内3大タイトルの残り一つは、天皇杯。第100回大会となる今季は特例でJ1で優勝したチームと2位のチームが準決勝から出場するレギュレーションになった。リーグ優勝を果たしてから2勝すれば、中村にとって、そして川崎フロンターレにとって未知の冠を手にすることができる。
「フロンターレも複数タイトルを目指してやっていますし、いろんな意味があるシーズンなのかなと思います」
だからこそ、その手でつかまなければならない。中村にとって最後の挑戦で、チームとしても狙っているタイトル。脇坂ももちろん、貪欲だ。