1993年にスタートしたJリーグでは、様々な特徴を持つストライカーがゴールを奪い、得点王に輝いてきた。Jリーグ得点王の活躍を振り返る連載の第15回は、ガンバ大阪で躍動したマグノ・アウベスを取り上げる。

残り2試合で4得点

 G大阪はシーズン途中まで連覇に向けて首位を走っていたが、第25節からの4試合で1分け3敗と失速し、浦和レッズに首位の座を明け渡す。マグノ・アウベスは第27節から5試合連続の計6得点と終盤にかけて調子を上げたが、第32節終了時点で浦和に優勝への王手をかけられた。

 だが、ここからマグノ・アウベスが素晴らしい活躍を見せる。

 第33節は当時のホームスタジアム、万博競技場でのホーム最終戦。京都パープルサンガと対戦したG大阪は先制され、マグノ・アウベスの2得点で逆転したものの、80分に同点とされてしまう。他会場では浦和がFC東京と引き分けており、勝てば勝ち点差3に迫って、連覇への可能性をつなぎ留めることができた。
 
 そして試合終了間際の89分、マグノ・アウベスが鮮やかなヘディングシュートを決めて勝ち越し、3-2で勝利。ハットトリックでホームの大観衆を沸かせたヒーローは試合後、「ここは、万博だ。ホーム最終戦で勝たないわけにはいかないだろう?」と力強く言った。
 
 最終節は浦和とのアウェーゲーム、直接対決で優勝を争うことになった。G大阪は3点差で勝てば逆転で連覇。難しい条件かと思われたが、希望の光を照らしたのは、やはりこの男だった。21分、FW播戸竜二の右からのセンタリングに合わせてニアサイドに飛び込んだマグノ・アウベスは、少し後方に来たボールを右足で巧みに合わせ、左足の後方を通してファーサイドに流し込んだ。
 
 先制して、あと2点。埼玉スタジアムに駆けつけたファン・サポーターの期待は膨らんだが、6分後に同点とされたG大阪は、最終的に2-3で敗戦。惜しくも連覇はならなかったものの、残り2試合で4得点を挙げたエースの活躍がなければ、もっと早く連覇への可能性は消えていた。

 マグノ・アウベスは31試合出場・26得点を記録し、26試合出場・26得点を挙げた浦和のFWワシントンと並んで得点王に輝いた。翌07年のシーズン終盤、練習を無断欠席してサウジアラビアに渡り、現地のアルイテハドと契約交渉を行なったため、G大阪から制裁金を課され、契約解除に。去り際が良くなかったとはいえ、G大阪から2年連続となる得点王に輝き、繰り出すシュートのように強烈なインパクトを残した。

●2006年の得点ランキング(全34試合)
1位 ワシントン(浦和レッズ) 26得点
マグノ・アウベス(ガンバ大阪) 26得点
3位 ジュニーニョ(川崎フロンターレ) 20得点
4位 ルーカス(FC東京) 18得点
我那覇和樹(川崎フロンターレ) 18得点
佐藤寿人(サンフレッチェ広島) 18得点
    ※5位まで、所属クラブ名は当時のもの

画像: 鋭く振り抜くシュートは威力十分。G大阪の新しい得点源となった(写真◎J.LEAGUE)

鋭く振り抜くシュートは威力十分。G大阪の新しい得点源となった(写真◎J.LEAGUE)

画像: 当時のホームスタジアム、万博競技場を何度も沸かせた(写真◎J.LEAGUE)

当時のホームスタジアム、万博競技場を何度も沸かせた(写真◎J.LEAGUE)

画像: 最終節、埼玉スタジアムで先制ゴール。連覇にはつながらなかったものの、浦和を追い詰めた(写真◎J.LEAGUE)

最終節、埼玉スタジアムで先制ゴール。連覇にはつながらなかったものの、浦和を追い詰めた(写真◎J.LEAGUE)

画像: 得点王を分け合ったワシントンとは、01年コンフェデレーションズカップのブラジル代表で2トップを組んだ縁があった(写真◎J.LEAGUE)

得点王を分け合ったワシントンとは、01年コンフェデレーションズカップのブラジル代表で2トップを組んだ縁があった(写真◎J.LEAGUE)


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