1993年にスタートしたJリーグでは、様々な特徴を持つストライカーがゴールを奪い、得点王に輝いてきた。Jリーグ得点王の活躍を振り返る連載の第14回は、浦和をリーグ初優勝に導いたワシントンを取り上げる。

上写真=ホームでの最終節で初優勝を決め、ワシントンは喜びを爆発させた(写真◎J.LEAGUE)

開幕からコンスタントに得点

 ブッフバルト監督が就任した2004年はチャンピオンシップで敗れてJ1リーグ2位、翌05年は通年リーグの末に再び2位に終わった浦和レッズは、『今季こそ』の思いで06年シーズンに臨んだ。2000年代に入って積極的な補強を続けてきたクラブが、新しい得点源として獲得したのがFWワシントンだった。

 05年に東京ヴェルディ1969に加入し、チームはJ2降格となったものの、ワシントンは33試合に出場して22得点を挙げ、高い得点力を証明していた。浦和でも最初から実力を発揮し、開幕戦で1得点を挙げると、第3節から第5節までは3試合連続ゴール。ドイツ・ワールドカップによって中断する第12節までに10得点を挙げ、期待に応えた。

 01年のコンフェデレーションズカップで、ブラジル代表の一員として日本でもプレー。その後に心臓の病気を患い、選手生命の危機に陥ったが、手術とリハビリで復帰を果たし、04年にブラジル全国選手権で得点王に輝いている。

 大病を克服した不屈の精神力から『コラソン・ヴァレンチ』(ポルトガル語で『鋼の心臓』)のニックネームで呼ばれるようになり、得点を決めた後に右手で胸をたたくパフォーマンスが定番に。浦和でもクラブカラーのごとく、真っ赤に燃える炎のような闘志でゴールに迫り、ネットを揺らし、何度も胸をたたいてファン・サポーターを喜ばせた。


This article is a sponsored article by
''.