上写真=開幕戦の勝利に大きく貢献した広島の川辺(写真◎J.LEAGUE)
文◎北條 聡
三本の矢どころじゃない
あの毛利元就もびっくりだろう。
何しろ、今季のサンフレッチェ広島は『三本の矢』どころじゃない。敵の喉元をえぐる鋭い矢が4本、いや5本、いやいや6本ある。
最前線と両翼で3本、そこに2シャドーを絡めて計5本。これらが中央のライン裏やサイド裏へ次々と放たれる。ただ、最大の妙味はやや遠目の位置から飛んでくる6本目の矢だろう。
ボランチの川辺駿だ。
いやボランチではなく「BtoB」か。ビジネスの話じゃない。自陣と敵陣のゴール前を行き来する活動的なセンターハーフ。イングランド伝統のボックス・トゥ・ボックスといった趣だ。破格のダイナミズムは国内屈指と言ってもいい。
実際、鹿島アントラーズを相手に3-0と快勝した開幕戦でも縦横無尽、神出鬼没。それこそ、振り向けばヤツ(川辺)がいる――というくらいにピッチの至るところに現れては消え、また現れた。鹿島の守備陣も面食らったはずだ。
レアンドロ・ペレイラが決めた広島の2点目はその好例だろう。ドウグラス・ヴィエイラが右のサイド裏へ抜け出すと、後方にいた川辺が一目散にボックス内のニアサイドへ走り込む。この動きに鹿島の守備陣が見事に釣られ、ファーサイドで待つレアンドロがフリーとなった。
あれを「隠れアシスト」と呼ぶのだろう。川辺自身は(ゴールを)決める気満々――だったと思うが。ともあれ、3列目(ボランチ)が速攻の場面でも迷わずスプリントしてゴール前に顔を出すのだから、味方にとっては好都合。守備側にとっては悪夢と言うほかない。
走る。とにかく走ってチャンスに絡み、決め手を増やす仕事を怠らない。2シャドーの一角でもプレーした昨季の働きと遜色ないくらいに。今季の広島のスローガンである「積攻」を体現するような人だ。
この造語――積極的に攻撃へ出ていく、といった意味らしい。昨季の総得点は45。上から8番目に過ぎなかった。この得点数でJ1王者になったチームは過去に一つもない。そこでゴールの増産、ひいては覇権奪回の仕掛人として、川辺の存在が大きく浮かび上がってくるわけだ。