連載『サッカー世界遺産』では後世に残すべきチームや人、試合を取り上げる。今回、世界遺産登録するのは、90年代に20年の時を超えてオランダに現れたチーム、マイティ・アヤックス。その仕掛けと魅力について綴る。

12個のトライアングル

画像: 移籍したベルカンプの後を受け、攻撃の中心としてプレーしたリトマネン(写真◎Getty Images)

移籍したベルカンプの後を受け、攻撃の中心としてプレーしたリトマネン(写真◎Getty Images)

 異例とも言うべきアヤックス式3バックの両端(左右)は原則、サイドバックが担っていた。これなら、自由に4バック(3バック+フォアリベロ)へ転換できる。センターバックを3人並べたら、こうはいかない。

 合理的と言えば、3-4-3の並び自体もそうだ。ひし形が縦に3つ重なった陣形には、複数のトライアングルが用意されている。その数、12。あらゆるシステムの中で最多である。このトライアングルを使えば、パスを回しやすい。そして、この整然と重なったトライアングルに最も多く関与できるポジションが2つある。3-4-3の「4」におけるトップとボトムだ。

 ボトムがライカールトならば、ダイヤモンドヘッド(トップ下)の担い手は、フィンランドの俊英ヤリ・リトマネンだった。彼らこそ、前後に並んだ司令塔と言ってもいい。ライカールトは組み立ての局面、リトマネンは崩しの局面における「始点」だった。

 リトマネンが定位置をつかんだのは、ファンハール政権3年目。イタリアの名門インテルへ移籍した奇才デニス・ベルカンプの跡目を継いだ格好だ。

 そのシーズン、エールディビジでゴールを量産し得点王を獲得。翌シーズンのCLでもゴールラッシュを演じて、破竹の進撃を先導している。もっとも、その機能は多岐にわたり、俗に言う「シャドーストライカー」の域をはるかに超えていた。

 当時のアヤックスは、リトマネンを含め、マルチな能力を発揮するゼネラリストの集まりだったと言っていい。双子のデブール兄弟の弟ロナルドには、FWとMFのすべてのポジションを難なくこなす適応力があった。アヤックスの育成システムが、そうした人材を計画的に輩出している。いかにも、全員攻撃・全員守備の『トータルフットボール』を世に送り出したオランダの名門クラブらしい。

 トータルフットボーラーの存在なくして、トータルフットボールは成立しえない。そこに数少ない例外があるとすれば、スペシャリストに近い逸材を擁する、伝統のポジションだった。

正統派のウイング

画像: 縦への仕掛けで違いを生み出したオフェルマルス(写真◎Getty Images)

縦への仕掛けで違いを生み出したオフェルマルス(写真◎Getty Images)

 当時のアヤックスが異端視される最大の要素は、これに尽きるのではないか。

 翼(ウイング)である。

 最強ミランの定番システムだった4-4-2フラットの全盛期。「ウイングレス時代」と言い換えてもいい。本格派のウイングは、すでに1980年代の半ばあたりから、絶滅危惧種だった。

 そこで敢然とウイングを復活させたのがクライフだ。バルセロナ(スペイン)の監督時代もそうだが、始まりはアヤックスを率いた時代である。ファンハールのチームは、その流れを汲んでいた。右の翼はナイジェリアの韋駄天フィニディ・ジョージ、左の翼はオランダの彗星マルク・オフェルマルス。どちらも、縦への仕掛けが強力な大駒だった。

 現代のウイングは、カットインから直接フィニッシュを狙う仕事が期待されている。そのために、右の翼に左利き、左の翼に右利きを据えるケースが一般的だ。

 だが、当時のアヤックスは違っていた。縦に仕掛けて、クロスを狙う。伝統的なウイングだ。左翼のオフェルマルスは本来、右利きだが、左足も使えた。斜めに切れ込み、利き足でシュートを打てる点で選択肢の幅は広かったが、ファーストチョイスは、あくまで縦への仕掛けだった。

「サイドを深くえぐり、マイナス気味のクロスを送る。サッカーでは、これが最も点になりやすい」

 そう語ったのは、クライフだ。また、こうも言っている。

「1対1で縦に抜くのは簡単ではないが、成功すればビッグチャンスだ。たとえ失敗しても、中央のエリアと比べれば、カウンターをまともに浴びる危険も少ない」

 ローリスク・ハイリターンというわけだ。肝心のクロスの終着点も「質と量」の両面がそろっていた。質の面では、ハイ・アンド・ロー、どちらのクロスにも対応できる格好のターゲットがいた。センターフォワード(CF)の適材たるパトリック・クライファートとヌワンコ・カヌだ。前者は188センチ、後者は197センチ。どちらも長身ながら、足元の技術にも卓越していた。

 まさしく、空陸自在。のちにアヤックスで台頭する若き日のズラタン・イブラヒモビッチも、このタイプ。本格派ウイングとの相性は抜群というわけだ。

 また、彼らの後方からボックス内へ走り込むMFが3人もいる。トップ下と左右のインサイドMFだ。ウイングの支援に回るボールサイドのMFを除いたとしても、3人のうち2人がCFと協力してフィニッシュに絡んでくる。量の面でも、申し分なかった。


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