切り札は衛星バロシュ
魅力的なピースを、どうパズルにはめ込むのか。EURO予選突破が決まった頃から、ブリュックナーは考えをめぐらせていた。
2004年に入り、バロシュを組み込んだテストを試みる。その中には日本(ジーコジャパン)に敗れた試合も含まれていた。
コレルという巨大惑星の周囲を動き回る衛星として、バロシュを使う。4-1-4-1から、中盤の駒(シュミチェル)を減らした4-1-3-2へ。ただでさえ前掛かりの陣容を、さらに攻撃的なものへとシフトしたわけだ。それと引き換えに、ハイプレスの生命線となるミッドフィールドが手薄になるが、指揮官はリスクを承知でバロシュの起用を決断した。
ブリュックナーの賭けは、見事に当たる。バロシュの起死回生の一発で息を吹き返したチェコは、ラスト5分に交代出場のマレク・ハインツェが値千金の決勝点。鮮やかな逆転劇を演じるに至った。
「チェコの底力。それに尽きる」
あと一歩というところで勝ち点を逃したラトビアのアレクサンドルス・スタルコフス監督も脱帽の体。とにもかくにも、バロシュがトリガーを引き、チェコの進撃が始まることになった。
結局、グループステージは3戦全勝。消化試合となった第3戦では先発組の大半を温存しながらも、大国ドイツに2-1で逆転勝ちを収め、敗退に追いやっている。
同点で迎えた77分、鋭いカウンターアタックの最後を締めくくったのも、バロシュだった。これで3戦連発。その中で相棒コレルとの鮮やかなコンビネーションからゴールを決めたのが、オランダとの第2戦である。
左サイドからゴール前に送ったネドヴェドのクロスを、コレルが巧みに胸で落とし、走り込んできたバロシュが豪快にゴールネットを揺らす。71分のことだ。
チェコの新しい2スピアヘッドによる「合作」は、前半にもあった。23分、名手フィリップ・コクのパスミスを拾ったバロシュがそのまま持ち込み、コレルの得点をお膳立て。互いの個性を生かし、また生かされる関係にあった。
もっとも、オランダ戦の勝利は「惑星と衛星」のメカニズムだけで決まったわけではない。最大の勝因はむしろ、指揮官の大胆不敵なベンチワークにあった。
この試合、キックオフから20分足らずでスコアは0-2。序盤からラッシュをかけるオランダの前に防戦へと追い込まれていた。
まずブリュックナーが動いたのは、25分。コレルが1点を返した直後のことだ。これが、大会屈指のマジックの始まりだった。
冷静かつ強気の名采配
攻撃は最大の防御――。
ブリュックナーのベンチワークは、この格言に忠実と言ってもいい。守備のテコ入れを図るのではなく、逆に攻撃の手を強め、失点のリスクを回避する。
強気の采配だ。
対面のアリエン・ロッベンに手を焼く右サイドバックのグリゲラを下げ、アタッカーのシュミチェルを投入したのが25分。ここから、左サイドバックのヤンクロフスキーが中へ絞る変則の3バックに転じて、反撃を試みた。左翼のシュミチェルと右翼のポボルスキーがウイングバック(アウトサイド)で機能し、ポボルスキーがロッベンを見張る格好だが、ベンチの企図はそこにはない。敵陣深く押し込み、ロッベンを後退させる算段だった。守備へ追いやれば、怖い選手ではなくなるからだ。
後半はオランダの腰が引け、チェコが主導権を握る。この「攻めるチェコ・守るオランダ」の図式に拍車をかけたのが、敵将ディック・アドフォカートの「迷采配」だ。59分にロッベンを下げ、MFのポール・ボスフェルトを投入。最も怖い存在がピッチから消え、チェコがさらに勢いづく。
3分後、ブリュックナーはすかさずガラセクに代えて、ハインツェをピッチへ送る。これに伴い、空席となったアンカーにロシツキーを持ってくる。超攻撃的な布陣の出来上がりだ。この冒険的な采配が、バロシュの同点ゴールを導く伏線だった。
したたかだったのは、2-2となった4分後、コレルをベンチに下げ、DFのダビド・ロゼフナルを投入したことだ。リスクをめぐる「テイクとヘッジ」のバランス感覚が絶妙と言っていい。
そして、ラスト2分に決勝点が生まれる。起点はロシツキーだ。中盤で球を奪い、前方のバロシュへ。そこから中央へ切れ込み、球をもらったハインツェが左足を一閃。GKがはじいた球をポボルスキーが巧みに浮かせ、最後はシュミチェルが押し込んだ。
3-2。初戦から交代選手がことごとく得点に絡む采配の妙が、3戦連続の逆転劇を演出していた。ベスト8に駒を進めたチェコは、かくしてダークホースから動かぬ本命へと躍り出る。
「今大会最高のチームは彼らだ。あの強さは本物だと思う」
オランダのDFヤープ・スタムは素直にその実力を認めている。さらに、ドイツを率いたルディ・フェラー監督やイタリアを束ねる名将ジョバンニ・トラパットーニも、優勝候補の筆頭としてチェコの名前を挙げるに至った。