上写真=マンチェスター・シティ戦後、スタジアムでサポーターに挨拶した飯倉(写真◎J.LEAGUE)
試合前のロッカールームで涙
試合後のセレモニーが終わっても、飯倉大樹はなかなかロッカールームへ戻れなかった。ピッチサイドからロッカールームへつながる通路で、クラブ関係者が次から次へと飯倉のもとに駆け寄り、記念撮影を求めたからだ。その中には、横浜FMユースからともにトップチームに昇格した同級生の天野貴史氏(17年に現役引退)、クラブOBであり元監督の水沼貴史氏の姿もあった。そこでは笑顔で写真に収まっていた飯倉だが、この日は「泣き疲れた」というほど、試合前から試合後まで、涙が止まらなかった。
「スタジアムに入ってきた時点で泣いたよ。俺がいつも使っているロッカーに、オガ(緒方圭介氏=ホペイロ)が綺麗に全部準備しているのを見て、それだけで涙が出た。15秒くらいで泣いてたね(笑)。マリノスのホペイロはパーフェクトだよ。シン(山崎慎氏=主務)とオガでやっているけど、すべてを選手のために捧げてくれる。今日で最後だなと思うと、当たり前のようで当たり前じゃなかったなと改めて思う。死ぬわけじゃないんだけど、走馬灯というか、苦しかったことや楽しかったことが甦ってきて、涙が出ました」
7月26日に神戸への完全移籍が発表され、翌27日に行なわれたマンチェスター・シティとの親善試合が、横浜FMでの最後の試合となった。ベンチでキックオフを迎え、出番が回ってきたのは75分。朴一圭(パク・イルギュ)との交代でピッチに入った。
「もうちょっとプレーしたかったな、というのは別に今日だけじゃなくて、どんなときも思う。だけど、最後15分だけでもプレーできたことは本当に幸せだし、(移籍の)リリースが出たあとにこういうゲームがあって、みんなの前でプレーしてマリノスを離れるということはめったにない。こうやってプレゼントのように(試合が)来て、みんなに送り出してもらって本当に幸せだなと思う。感謝ですね。楽しかったし」
今季は朴一圭の台頭に押される形で、リーグ戦は5試合の出場にとどまっていた。試合のピッチに立ったのは、5月8日(ルヴァンカップ・札幌戦)以来。アディショナルタイムに1失点を喫したものの、相手FWとの1対1の場面を2度防ぐなど、プレミアリーグ王者を相手に持ち前のセービング技術を発揮し、大観衆を沸かせた。
今のサッカーは大樹くん無しでは成り立たなかった(朴一圭)
昨季、アンジェ・ポステコグルー監督が就任し、横浜FMはポゼッションサッカーに舵を切った。新たなスタイルでは、GKはビルドアップに参加することが求められ、高く設定された最終ラインの裏のスペースをカバーしなければならない。改革初年度の正GKを任された飯倉は、前がかりなポジショニングを突かれ、無人のゴールにロングシュートを決められても、指揮官の要求に背くことはなかった。
チームも飯倉自身も思うような結果を残せなかったが、昨季にまいた種が今季の躍進につながっていると熱弁するのは、今年から横浜FMに加入し、飯倉を「かけがえのない人」と称する朴一圭だ。
「去年スタイルが変わって、いまのサッカーは大樹くん無しでは成り立たなかった。大樹くんがいなければ、自分がマリノスでプレーする機会もなかったと思います。1年間やってきた中で、同タイプのキーパーとしてマリノスから声をかけてもらった。僕は形がある程度できた状態で来させていただいたので、そこまで苦労がなかったというか、大樹くんほど悩んでいないと思う。いまでも大樹くんはめちゃめちゃうまいと思っているのに、自分が試合に出て、その人が出場機会を求めて移籍していく。そういうことは初めてだったので、いまだに信じられない。大樹くんの思いとか、マリノスで優勝したいという思いは、勝手ですけど自分が引き継がせてもらって、それをピッチで表現したい」
後輩の熱い思いを聞いた飯倉は、この2年間を思い出しながら、しみじみと語った。
「去年うまくいかなかった時期に、やめないで本当によかった。それをパギ(朴一圭)が伸ばしてくれて、さらにアイツがいろんなものに気づいて努力して、もっと良くしてくれる。それでいいと思う。いまアイツが頑張って(試合に)出ていることに対して嫌な気持ちは一切ないし、チクショーという気持ちもなく応援できるというのは、アイツの人間性が良いという証拠だと思うしね。ベースができて、上積みして、それが常勝とか優勝につながってくれたら、本当にそれでよかったと思います」
横浜FMのサポーターに共闘を誓う
歳を重ねるごとに深まったマリノス愛。たとえ自分が試合に出なくても、チームの勝利を心から喜べるようになった。神戸に移籍しても、横浜FMの優勝を願う気持ちは変わらない。ファン・サポーターへの挨拶では、「神戸とマリノスの(今季リーグ戦での)試合はもう終わりました。マリノスの優勝のために、神戸の勝利のために、残りのリーグ戦でフロンターレ、FC東京、鹿島、全部叩き潰すので、マリノスも頑張って、みんなで優勝しましょう」と、共闘を約束した。
だが、それも「今年だけ」と念を押す。来季以降は、リーグ優勝を争うライバルとして横浜FMと戦うことになる。「もしもブーイングされることがあったら?」という質問が飛ぶと、「そんなことをされるような生き方をしていない!」と、いたずらっぽく、胸を張った。
横浜FMでのラストマッチを終えて、月曜日から神戸のトレーニングに参加する予定の飯倉。新天地では、早ければ8月2日のG大阪戦でデビューする。
取材◎多賀祐輔 写真◎J.LEAGUE