上写真=小池龍太の日本代表初選出には大きな意味がある。中国戦でデビューなるか(写真◎スクリーンショット)
「努力が見えるようなプレーを」
2006年に開校したJFAアカデミー福島の卒業生として初めて、小池龍太がフル代表の一員となった。リーダーとしての「エリート」を育成する日本サッカー協会の機関から日本代表選手が生まれるのは、一つの達成である。
すでに日本女子代表(なでしこジャパン)では、卒業生から多くの代表選手が誕生している。今回のE-1選手権でも成宮唯(2期生)、乗松瑠華(3期生)らがいて、7月21日の練習では男女の代表が一同に介して記念撮影、久々の再会を喜んだ。
「素直にうれしかったですし、アカデミーの卒業生という立場で代表で会えるのは誇らしいことです。男子では僕が初めて選出させていただいて、なでしこではすでに何人も出てきていますけど、同じように男子が人数を増やしていけるように引っ張っていきたいと思います。そのためには自分が評価されなければいけないと思っていますし、いまのアカデミー生にも、サッカー界にも影響を与える自覚を持ってプレーしたいです」
3期生に当たる小池龍太がアカデミーで過ごした時期には、東日本大震災に見舞われて拠点を静岡に移している。あの日、福島で中学校の卒業式を終えたすぐあとに、甚大な揺れに襲われたのだという。
「震災があって拠点が変わって、自分たちだけがサッカーをしていいのかという心境の中で、福島の方々が応援してくださる声がありました。福島の皆さん、アカデミー設立にご尽力いただいた方に自分がいいニュースを届けたり、活力を与えられるかどうか。それに尽きるからこそ努力を続けてくることができましたし、思いが強かったからこそ最初に卒業生として代表に来ることができていると思います。努力してきた時間や背景は見えませんが、努力が見えるようなプレーをしたいし、感じ取ってもらえたらと思います」
そのときは、近づいている。
アカデミーを卒業したあとは、レノファ山口FCでプレーしたが、当時はJFLでアマチュア契約。そこから柏レイソル、ロケレン(ベルギー)、横浜F・マリノスでぐんぐんと力をつけて、日本代表にまで上り詰めた。
「夢として、目標として設定する場所が日本代表であり、海外挑戦、J1でのプレーといったことを持ち続けてきました。JFLで、アマチュア契約でプレーする以上、難しいことは自負していました。でも、そこで何かを変えたり、自分があきらめることは自分の生き方とは反するので、同じやり方で成長することを証明したいと思っていました。その結果がいまこうなっていることで、自分の思いや人生の進め方は僕でしかできないことかもしれないですけど、それを少しでも知ってもらって、同じように取り組んでもらえる選手が増えたり、サッカー選手やアスリートではなくても、何かを感じてほしいと思います」
たくさんの人の思いと、自分の信念で貫いた道の先に、日本代表の舞台がある。7月24日、E-1選手権の第2戦は中国が相手だ。
「フィジカル的な要素が強いですし、球際の部分で負けたりセカンドボールで相手が優位に立つと難しい試合になるので、いい状態でボールを持ち続けることだと思います。キーパーやセンターバックから組み立ては始まりますが、サイドバックやボランチがサポートしていけばサイドハーフが1対1で仕掛けられるので、そこはていねいにやっていきたい。ボックスの中ではフォワードやもちろん僕も関わっていって、質とタイミングを合わせて狙っていきたい。そこが課題になると思っています」
ていねいに、という意識は、ほとんど一緒にプレーしたことのない今回のグループにこそ求められるだろう。初めて日の丸を付けた自分がピッチに立って、自陣から敵陣までボールを運んで崩していくイメージが、小池の頭には鮮やかに描かれている。