10月16日の天皇杯決勝で、J2のヴァンフォーレ甲府がJ1のサンフレッチェ広島を破って初めてのタイトルを獲得した。1-1のまま延長戦を戦い、PK戦にまでもつれ込む熱戦にあって、甲府で20年目の山本英臣はまさに筋書きのないドラマの主人公となり、万感の日本一を手にした。

上写真=山本英臣が最高の笑顔!(写真◎小山真司)

■2022年10月16日 天皇杯第102回全日本サッカー選手権決勝(日産ス/37,998人)
甲府 1-1(PK5-4) 広島
得点者:(甲)三平和司
    (広)川村拓夢

「回ってきてほしいな、蹴りたいな」

「終わったと思いました、人生が」

 タイトルを手にしてから振り返るから、笑って話せるが、山本英臣はその瞬間、絶望のど真ん中にいた。

 サンフレッチェ広島との天皇杯決勝。デザインされたCKから、三平和司が軽やかに蹴り込んで先制したのが26分。しかし、猛攻を受け続け、84分についに同点に追いつかれて、延長戦に入った。ヴァンフォーレ甲府で20年目のシーズンを過ごす42歳の山本は、112分にピッチに足を踏み入れた。

 ところがその直後、広島の満田誠の蹴ったボールがペナルティーエリアの中で左手に当たってしまい、PKの判定が下された。「このまま辞めようかなと思った」のだが、仲間が救ってくれた。GK河田晃兵が満田のキックを右に飛んで右手でかき出した。山本の人生は、終わっていなかった。

 吉田達磨監督は「オミ(山本)への僕からの信頼は絶大なんです」と自信を持って送り出した。「指示もなにもない、頼むね、だけです」。それでわかり合える。だから、このPKを与えたシーンでも「オミでPKを取られて負けちゃったらしょうがないよな、と」。

 このまま1-1で120分を戦い抜き、PK戦へ。蹴る順番は吉田監督が決めて、1番から11番まで選手に伝えたという。山本は5番目。

「回ってくるかな、と思っていました。回ってきてほしいな、蹴りたいな、という気持ちがありました」

 心の準備はできていた。甲府は後攻。どちらも3人目までが決め、広島の4人目をGK河田がストップした。そこから1人ずつ成功させると、決めれば日本一、というチャンスがリビングレジェンドである山本に回ってくる、なんというめぐり合わせ。

「いま思い返すとちょっと怖いですね。ただあのときは冷静というか、一回救ってもらった命だから、自分の思い通りに決めました」

 与えてしまったPKを仲間が止めてくれたから、今度は自分が決めればいい。広島のGK大迫敬介の動きは冷静に見えていた。

「足を動かしてフェイントをかけようとしていたんですけど、ちょっと動くのが早いなというのと、普通に、悔いのないように蹴ろうと思っていました」

 そのキックがまたすごかった。ゴール左上角に迷いなく、ずばり。GKの逆を突いたが、もしコースを読んで手を伸ばしていたとしても、触るのが極めて難しい場所だ。そこを狙って蹴り込む技術と度胸を堂々と示す、日本一へのシュートだった。両手を広げて走り出し、叫んだ。

 キャプテンの荒木翔が、天皇杯を最初に掲げる役を山本に託してくれた。その気遣いに「感謝しています」という思いを込めた。

「長いことヴァンフォーレでサッカーをやらせてもらって、本当にありがたいと思います」

「涙が出るんだろうな」と予想していたが、泣かなかった。そして、高々と天に向かって上げた。派手にではなく、さりげなく。

「世代も変わって僕が一番上になって、そういう勢いのあることは若手に任せます」

 初めてタイトルをもたらして、甲府の歴史を次代につないだ達成感からか、そう言って優しく笑った。

取材◎平澤大輔 写真◎小山真司


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