北海道コンサドーレ札幌と仮契約を結んでから約5カ月半。立正大で最終学年を迎えた田中宏武は、持ち前の突破力を磨くことに余念がない。プロ内定者としての自覚、そして幼い頃から意識するライバル、弟の田中渉からも大きな刺激を受けている。

上写真=相手を無力化する田中宏武のドリブルは必見だ(写真◎関東大学サッカー連盟/飯嶋玲子)

僕の基準は弟に勝つかどうかでした

立正大の田中は左サイドでボールを持てば、相手に2人掛かりで進路を塞がれても、お構いなしに仕掛けていく。J1クラブに内定しているドリブラーには自負がある。関東大学1部リーグでは負けるにはいかない。

「どんなマークが来ても、打開していかないといけないと思っています。軽いプレーはできません。大学で突破するのは当たり前。プレー原則は立正大に合わせていますが、基準は常にプロを意識しています」

 力強い言葉には自信がみなぎっていた。来季から加入する札幌のチームスタッフにハッパをかけられていることもあるが、すでに次のカテゴリーを見据えて、戦っているのだ。札幌の左サイドには青木亮太という高い壁が立ちはだかるものの、じっと順番待ちするつもりはない。先輩の実力を認めつつも、強気な姿勢をのぞかせる。

「スピード、ドリブルでは負けるつもりはありません。怖気づくことはないです。監督(ミハイロ・ペトロヴィッチ)からも『遠慮せずにやれ』と言われていますし、遠慮していたら、プロ生活は終わってしまいますから。周りを気にするよりも、自分の持ち味をどんどん出していきたい。札幌は若手にどんどんチャンスをくれます、自分次第で(1年目から)試合に出られると思っています」

 今夏、札幌の練習に2週間ほど参加し、プロのレベルをあらためて肌で感じた。合流したばかりの頃はスピード感に面食らったが、体が慣れてくれば、特長を出せるようになっていた。ペトロヴィッチ監督には得意の左サイドだけではなく、右サイドでのトライも促された。

「そのおかげで、右でのボールの運び方も分かってきて、プレーできるようになってきました。いまは立正大でも右に入ることもあります。周りと連係するプレーが多くなっていますが、今後は右でも独力で仕掛けていく回数を増やしたいと思っています」

 関東大学1部リーグでは右サイドからのカットインを披露するなど、新境地を開きつつある。プロ入りを控えた22歳は、どん欲な向上心を隠そうとはしない。

画像: 今季のルヴァンカップでは特別指定選手として3試合に出場した田中宏武(写真◎J.LEAGUE)

今季のルヴァンカップでは特別指定選手として3試合に出場した田中宏武(写真◎J.LEAGUE)

 1学年下の実弟、田中渉にも触発されている。今夏、J1のベガルタ仙台からJ2のレノファ山口へレンタル移籍し、出場機会をつかんで活躍。「頑張れよ」とエールを送りつつも、強烈なライバル心を持ち続けている。

「プロでフル出場した試合はほとんど見たことがなかったのですが、山口での活躍を見て、こういうプレーもできるんだな、と思いました。新しい発見がありました。やはり、意識しますね」

 サッカーを始めた小学校3年生の頃からずっと切磋琢磨してきた。ボールを蹴り始めた時期も同じ。ただ、いつも高い評価を受けてきたのは弟だった。そのたびにメラメラと対抗心を募らせた。

「1学年上の試合に出ていた弟よりも点を取る。弟よりも相手を抜くとか、僕の基準は弟に勝つかどうかでした」

 弟は左利きで天才と称されることもあったが、兄として負けたくはなかった。右利きながらも、必死に左足の練習を重ねた。

「左足ばかりでタッチしたり、蹴ったりしていました。いまではシュートやロングキックは左のほうがいいボールが飛ぶんです。札幌でも左クロスのほうがいいと言われていますから」

 今も昔もひと足早く高卒でプロ入りした弟は、特別な存在である。大学在学中も自らにプレッシャーをかけ続けてきた。「ここでプロになれなければ、弟に負けを認めたことになる」。そして、来季からようやく同じJの舞台に立つことができる。念願の対戦に思いを馳せていた。

「直接対決で勝つことができれば、一区切りですね。そこで初めて胸を張って、弟に勝ったと言えます」

 熱を帯びた口調には積年の思いがにじんでいた。来るべき運命の日に備え、きょうも努力を怠ることはない。

取材◎杉園昌之


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