フランスのトゥールーズからガンバ大阪への完全移籍が発表された日本代表DF昌子源。鹿島アントラーズから移籍して1年後のJリーグ復帰となるが、鳥取・米子北高時代の恩師には事前に連絡していたという。

上写真=フランスのトゥールーズからG大阪への完全移籍が決まった昌子(写真◎Getty Images)

高校時代にFWからCBへ

 鳥取・米子北高から2011年に鹿島アントラーズに加入して数々のタイトル獲得に貢献し、日本代表として18年ロシア・ワールドカップでも活躍した昌子は、19年1月にフランスのトゥールーズに移籍。19-20シーズンはリーグ戦18試合に出場したものの、今季はケガの影響などで1試合の出場にとどまり、2月3日にG大阪への完全移籍が発表された。

 鳥取・米子北高時代に監督として指導した城市徳之監督(現総監督)の下には、昌子から発表前に報告があったという。「ガンバへの移籍が決まります、ということで、事前に連絡がありました。いろいろなことがあったようですが、彼の決断を応援したい」と城市氏は語る。トゥールーズへの移籍が決まる際も事前にも連絡があった。ロシア・ワールドカップの初戦、コロンビア戦の勝利を祝福するメッセージを送ったときも、試合後すぐに返事が来ており、律儀な性格は変わらないようだ。

 中学時代はG大阪ジュニアユースでプレーしていた昌子は、米子北高に入学した当時はFWだったが、城市徳之監督はオールラウンドな能力を見込み、1年の冬にCBへコンバート。最初は気が進まなかった様子だった昌子も徐々に才能を開花させ、卒業時には鹿島からオファーを受けるまでの存在に成長を遂げた。

 鳥取と大阪は、さほど遠くないこともあり、城市総監督は「近くでプレーを見ることができるし、米子北の現役選手を連れて応援に行くこともできそうです」と喜ぶ。08年にジュニアユースを離れて以来、10年以上の時を経てG大阪に『復帰』することになった昌子が、2月末に開幕するJリーグの新シーズンで、どんなプレーを見せるのか注目される。

文◎石倉利英 写真◎Getty Images

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