連載『サッカー世界遺産』では後世に残すべきチームや人を取り上げる。今回、世界遺産登録するのは、かつてない輝きを放った2018年ロシア・ワールドカップの日本代表だ。可能性を示した『和魂和才』について綴る。

自信のポゼッション

画像: コロンビア戦で決勝点を挙げた大迫が歓喜の疾走!(写真◎Getty Images)

コロンビア戦で決勝点を挙げた大迫が歓喜の疾走!(写真◎Getty Images)

 鋭い「奇襲」がすべての始まりだった。

 開始3分、大迫と香川のペアが一気にエリア内へとなだれ込む。香川のシュートを手で止めたC・サンチェスが一発退場。PKのチャンスに数的優位の「おまけ」がついて、日本が先手を取った。

 偶然ではない。恐れずに、自分たちから攻守にアクションを起こせ――。そうした強気のスタンスがたぐり寄せた「運」だった。事実、注目された先発リストに香川、乾、柴崎の3人が名を連ねた。指揮官の頭の中には堅守速攻も、ワンチャン狙いの専守防衛もない。あるのは真っ向勝負だ。

「ディフェンシブに試合を進めるなら、違う人選になったと思う。中盤の主導権を取りたかった。そのために個人でもグループでも、うまくボールを扱える香川、乾、柴崎が必要だった」

 とことん日本の強みを生かして勝負する――。西野監督の決意は少しも揺らいでいなかった。

 39分に直接FKを決められて、1-1。だが、敵の圧力にさらされたのも前半までだった。73分に本田圭佑のCKから大迫が会心の決勝ヘッド。最重要と位置づけた初戦で勝ち点3をつかみ取った。

 大立者の大迫が「半端ない」のは当然として、真綿で締めるようにコロンビアを追い詰めていった戦いぶりも見事。数的優位よりも「場所の優位」に着目し、そこを活用しながら丁寧にパスをつないでいく。ゲームの主導権は完全に日本の手の中にあった。

「日本は状況に順応し、数的優位をうまく生かしてチャンスを作っていた。われわれはポゼッションを高めようとしたが、難しかった。日本が自信を持っていたからだ」

 ペケルマンの指摘した「自信」とは、日本らしいボールポゼッションにあった。長谷部誠が最後尾に落ちて、ビルドアップを落ち着かせると、柴崎と香川がブロックの隙間でパスを引き出し、乾と長友が並ぶ「左のタンデム」を使いながら、敵陣へ攻め込んだ。

 日本らしく戦い、そして勝ち切った。この1勝の持つ意味がどれほど大きいか。それは続く第2戦で、すぐに明らかになる。11人のセネガルと堂々と渡り合い、勝ち点1をもぎ取ったからだ。

 しかも、二度のビハインドをはね返してのドローである。おいそれとできる芸当ではない。それも「俺たちにはできる」という自信の成せる業だったか。その戦いぶりには初戦以上に、日本サッカーのエッセンスが凝縮されていた。

勝負師の覚悟

 彼らは、正しい試合をした――そう語ったのは、セネガルのシセ監督だ。自分たちの強みを生かし切った、という意味だろう。さらに、こうも話している。

「パスのクオリティーが高く、とてもテクニカルだった。それが、われわれの戦いを難しくした」

 日本の技術とパスワークが彼らを大いに苦しめていたわけだ。特に、乾が軽やかにゴールネットを揺らした1点目は、GK川島永嗣から実に11本ものパスをつないだ末に産み落とされている。

 守備陣もタフだった。最後尾の吉田麻也と昌子が遠慮のないファイトで敵の攻撃陣をつぶし、原口元気と酒井宏樹が並ぶ「右のタンデム」も、破格の走力で攻守に渡り合った。

 組織力も生きた。攻守の切り換え、ミドルゾーンのライン設定、コンパクトなブロック、前線からの連動したプレス、そこに、球際で激しくファイトする「ハリル式デュエル」が織り込まれていた。

 それも、これらを高いレベルでこなすイレブンと、それを補完するジョーカー(本田や岡崎慎司)がそろったからだろう。つまり「強力な個」が、組織力のレベルを引き上げてもいた。

 逆に言えば、このうちの何かが欠けても、誰かが欠けても「日本らしく勝つ」のは難しくなる。いや、実際にそうだった。それが、先発を6人入れ替えたポーランドとの第3戦である。

 西野監督は明言こそ避けたが、次のステージを見据えて、主力を「温存」したように映る。突破の条件は引き分け以上だ。とにかく失点回避を優先して、この一戦を乗り切る算段だったか。

 川島がビッグセーブを連発したものの、懸案のセットプレーから失点を招いて0-1。コロンビアとセネガルの一戦が0-0のまま終われば、日本は敗退だった。

 しかし、コロンビアが先制したことで状況が一変。フェアプレーポイントの差でセネガルを上回る日本が、2位へすべり込む。そこで西野監督はコロンビアが勝ち切ると踏んで、0-1のままゲームを「凍結」させる他力の道を選んだ。国の内外で物議を醸した一世一代のギャンブルが「吉」と出て、どうにかベスト16に駒を進めることができた。

 仮に負けていたら、嵐のようなバッシングを浴びていたはずだ。そんなことは容易に想像できる。それを承知で、あの決断を下せる人間など、そうはいない。

 道理や確率の話ではなく、覚悟の問題だ。それを、ためらわずにできる勝負師がいてこそ、強豪にも真っ向勝負を挑むチームが生まれたのかもしれない。おそらく、世界が最も驚いたのも、その勇敢な戦いぶりではなかったか。その集大成が、初のベスト8をかけて挑んだ『赤い悪魔』との死闘だった。


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