最後に散った魅惑のチーム
アンリを擁した時代は、攻撃面で『フレンチ・コネクション』の巧みなコンビネーションが際立った。そこにベルカンプの創造力を絡めて、ゴールを陥れていく。
特に、アンリが盛んに外へ流れてピレスやA・コールと結託し、敵をカオスに巻き込む左サイドの仕掛けは強力だった。ゴールラッシュの源泉と言ってもいい。
そして、右翼を担うビルトール(またはユングベリ)は敵の視界の外から盛んにゴール前へと忍び寄る。黄金時代のガナーズはそんな独特の機能を持っていた。
だが、若いセスクをハブとする時代は、アンリの域に迫る大物がいない。また、左右の機能が異なる複雑な仕掛けもなかった。そこで命綱となったのが破格の走力だ。特に、両サイドバックの追い越しは圧巻。これを1試合に何度も繰り返し、パス・アンド・ラッシュの肝となった。
ベンゲルは早くから黒人選手のフィジカル(高い運動能力)に目をつけ、未来を先取りするパス・アンド・ラッシュの「高速化」を企んでいた。2007−2008シーズンは、その好例だろう。
サイドバックを担う右のサニャと左のクリシーが何度も上下動を繰り返し、サイドの攻防で優位に立っている。また、サニャの前にエブエを据えて、サイドバックを縦に並べるケースもあった。
彼らも黒人なら、前線で難しいパスでも収めるターゲットのアデバヨルも黒人だった。速い、強い、高い――。アンリの時代に乏しかった新しい武器が当時のガナーズに加わっている。そして、中央のバイタルエリアではセスク、フレブ、ロシツキーという3人の創造者が華麗なパスワークで突破を試みる。突出したタレントこそいないが、どこからでも仕掛けて点が取れる、魅力的なガナーズが作られた。
若手が多く、経験値は浅かったが、そのぶん体力は尽きず、走力も落ちない。ハードワークの時代にもってこいのチームだった。若きガナーズは、このシーズンのプレミアリーグで首位を突っ走る。それに見合うパフォーマンスを披露してもいた。
だが、終盤に失速。シーズンの大半を首位で過ごしながら、3位に終わっている。選手層が薄く、蓄積された疲労による悪影響が、最後の最後に噴出した格好だ。
このシーズンを最後にガナーズは次第に輝きを失っていく。主力を次々と引き抜かれた上に、金満クラブの勢いに押され、ベンゲルへの風当たりも強くなった。金で栄冠を買うかのごとき、ケタ外れの大型補強に対する嫌悪が仇となったか。仁義なき弱肉強食の世界に染まることを、ベンゲルの「常識」が許さなかった。
それでも強者に抗う術を、カネがなくとも魅力的なチームを作り上げる道を示したことだけでも、その功績は大きい。特に「持たざる者」の側にある日本にとって、ベンゲル式は学びの宝庫か。
著者プロフィール◎ほうじょう・さとし/1968年生まれ。Jリーグが始まった93年にサッカーマガジン編集部入り。日韓W杯時の日本代表担当で、2004年にワールドサッカーマガジン編集長、08年から週刊サッカーマガジン編集長となる。13年にフリーとなり、以来、メディアを問わずサッカージャナリストとして活躍中。