連載『サッカー世界遺産』では後世に残すべきチームや人を取り上げる。今回、世界遺産登録するのは、2003-04シーズンに旋風を巻き起こしたクラブ。電光石火のカウンターで欧州を席巻した、フランスのASモナコだ。

走る戦術兵器

画像: FCポルトのデコと競り合うベルナルディ。モナコの中盤を支えた(写真◎Getty Images)

FCポルトのデコと競り合うベルナルディ。モナコの中盤を支えた(写真◎Getty Images)

 モナコのスタイルは、イタリア風である。言わば、カウンターに強みのあるチームだ。手堅い守備から縦に速い攻めを仕掛けていく。フォーメーションは4-4-2か4-5-1(4-2-3-1)のほぼ二択。このあたりもリッピの率いたユベントスとよく似ていた。

 最大の売りものは、一瞬で相手ディフェンスを切り裂く「ラインブレイク」だ。それこそ、縦パス一本で敵の守備組織を破壊してしまう。いわゆるダイレクトプレーのお手本のような攻めが、面白いようにCLの舞台で炸裂した。

 仕掛けは2つ。1つはボランチの2枠に据えたジコスとベルナルディという地味なペアだ。攻撃面では見るところが少ないものの、よく走り、よく闘う。

 そんな2人を重用するあたりがいかにもデシャンらしい。彼自身も、現役時代はそうしたタイプの選手だった。ポイントは2人のボール奪取力だ。彼らのところで敵のボールをかすめ取っていく。同時に彼らのところから電光石火の攻めが始まっている。

 攻撃の始点は常にボールの回収地点とイコールだ。そこで2人のボランチはボールを奪うと、間髪入れず、相手ディフェンスの裏に蹴って、2トップを走らせた。

 文字通りの「裏一発」だ。

 4人のバックスが横一線に並ぶフラットラインを、一瞬で骨抜きにする。これほど単純な攻め手もないが、効果は絶大だった。ピッチ上でチャンスとピンチが交錯するのは、攻守が入れ替わった瞬間だ。守備側(ボールを失った側)は一瞬、足が止まる。

 特にディフェンス陣はラインを上げるのか、下げるのか、判断がつきにくい。デシャンのモナコは、その「一瞬の空白」をしたたかに狙っていた。奪ったボールをすかさずライン裏へ落とす。特にベルナルディのそれは、すこぶる速い。こぼれ球に至っては止めずにダイレクトで裏へ蹴っていく。

 これをやられては、相手ディフェンスもさすがに反応しにくい。アクションを起こすまでにタイムラグが生じる。その「時差」を抜け目なく利用したのが、スピアヘッドのジュリだ。お得意のロケットスタートであっと言う間に相手ディフェンスの裏へ抜け出す韋駄天だった。

 身長164センチ。本来は右のウイングだが、デシャンはジュリの快足に目をつけ、スピアヘッドで使うプランを実行に移す。これが、2つ目の仕掛けだった。

 カウンター戦法に徹する格上との対戦やアウェー戦が、そうである。一度、抜け出してしまえば、もう誰にも止められない。
 さながら「走る戦術兵器」だった。その破壊力を最大化するにはどうすべきか。名将デシャンは、手立てを心得ていた。

Wターゲットという奥の手

 一瞬の隙を逃がさないモナコのラインブレイクは、国内戦以上にCLの舞台で冴え渡った。浅いラインを敷く強豪クラブが多かったからだ。スペインのデポルティボも、その一つである。

 モナコは同じグループに入ったデポルティボを記録的なスコアで打ち破った。8-3。攻守一体のダイレクトプレーが空前のゴールラッシュを呼び込んだ格好だ。

 モナコの攻め手はしかし、至極単純な「裏一発」に限られていたわけではない。ジュリと並ぶ武器が、もう1つあった。モリエンテスだ。ヨーロッパ随一の名門レアル・マドリード(スペイン)からレンタルで加入したスペイン人FWには、ジュリとは対照的に「高さ」があった。クロスやセットプレーの終点としてフル稼働し、こちらも重要な得点源となっている。

 2003-2004シーズンのCLでは、12試合で計9ゴールを量産。目覚ましい活躍を演じて、この大会の得点王になった。

 小さなジュリと大きなモリエンテスの身長差は20センチあまり。日本風に言えば「牛若丸と弁慶」である。対照的な特徴を持つ2人は相性も抜群。1+1が2以上の値を持つ理想のペアだった。この巨人(ターゲット)と小兵(シャドー)の組み合わせも、実にイタリア的である。このあたりも、セリエAで長くプレーしたデシャンならではか。

 モリエンテスが後方からのロングパスをヘッドでライン裏に落とし、そこへジュリが走り込む。これも例の「裏一発」と並ぶ、重要な攻め手になっていた。

 また、いざというときにゴリ押しする手立てもあった。FW陣にはモリエンテス以上の高さを誇る駒が、もう2つあったからだ。187センチのプルソ(クロアチア)と、193センチのアデバヨール(トーゴ)である。得点が欲しい局面では、ジュリを本来の右ウイングへ戻し、プルソかアデバヨールをモリエンテスと並べて、ロビングやハイクロスを送り込む攻め手を「上乗せ」した。

 モナコが背後を突くだけの速攻一辺倒のチームなら、快進撃はなかっただろう。ちゃんと奥の手を用意するデシャンの抜け目のなさもまた、師(リッピ)に通じるものがあった。


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