連載『サッカー世界遺産』では後世に残すべきチームや人を取り上げる。今回、世界遺産登録するのは、2000年代に見る者を魅了し、結果も出した白い巨人。ロス・ガラクティコス(銀河系軍団)と呼ばれたレアル・マドリードを取り上げる。

上写真=2001-2002シーズン、レアルは国内リーグを連覇し、チャンピオンズリーグ優勝を果たした(写真◎Getty Images)

文◎北條 聡 写真◎Getty Images

文化と伝統の回復

 勝ってナンボ――では、ない。勝つのは当たり前。そのうえで、何をみせるのか。

 いかにもサッカー界随一のブランド力を誇る名門クラブの在り方らしい。ほかならぬレアル・マドリード(スペイン)のことだ。
 勝って魅せる――。その伝統は今日のチームにも脈々と受け継がれているが、意外にも1960年代の終わりから、1990年代の半ばにかけて、ヨーロッパの覇権から遠ざかっていた。

 この長い空白期間を経て、1人の野心家が現れる。それが、伝統回帰へ突っ走る『銀河系』時代の始まりだった。

 2000年、選挙の末に新会長が誕生する。スペイン最大の建設グループを束ねる実業家フロレンティーノ・ペレスだ。ちょうどレアルが、ヨーロッパのクラブ王者へ返り咲いた1カ月後のことである。UEFAチャンピオンズリーグ(CL)を制してもなお、ソシオ(レアルの会員)は変革を求めていたわけだ。

「クラブの文化の一部が失われている。そのことに多くの会員たちが危機感を持っていた。だからこそ、私が会長に選ばれたのだ」

 ペレスは当選の理由をこう話している。当時クラブの抱えていた借金は、2億5000万ユーロにまで膨れ上がっていた。この負債をどうにかしなければ、未来への明るい展望は開けない。そこでペレスは、会長選において財政再建を公約に掲げていた。そして、実際に当選を果たすと、まず『マドリード銀行』と提携。年間7000万ユーロに及ぶ利息分の赤字を止めている。

 さらに、歴史あるシウダード・デポルティーバ(練習場)をマドリード市に売却。市の都市開発プロジェクトに協力する名目で土地を提供する代わりに、建設が予定されたオフィスタワーなどの権利を得る、というカラクリだ。レアルの手にした利益は、ざっと3億5000万ユーロ。負債額を上回るものだ。そして、2年後の2002年7月には、銀行への負債を早々と完済している。

 ペレスの才覚はしかし、経営面だけにとどまらない。文化(伝統)の回復において、最重要事項ともいうべき公約を掲げ、それを見事に果たしてみせた。

ジダネスとパボネス

画像: 2000年夏に宿敵バルセロナからフィーゴを獲得(写真◎Getty Images)

2000年夏に宿敵バルセロナからフィーゴを獲得(写真◎Getty Images)

 ペレスのもう一つの公約とは、世界屈指の名門クラブにふさわしい「大駒」の獲得だった。

 フィーゴである。

 ポルトガルが生んだ当代きっての名手だ。当時はスペイン国内の覇権を争う宿敵バルセロナに在籍していたが、ペレスは公約通りに獲得へこぎつける。バルサからレアルへ――。この「禁断の移籍」はサッカーシーンの話題を独占し、競技力の向上ばかりか、興行的にも大成功を収めることになった。

 フィーゴの獲得には約6000万ユーロを費やしたが、財政面で苦しくなったわけではない。レドンド、アネルカ、セードルフといった既存戦力を迷わず放出。その数は、実に13人にも及んだ。そして、人手が足りなくなった中盤の穴埋めに、マケレレとフラビオ・コンセイソンという2人の黒子を安く買い上げている。何とも、抜け目がない。

 ペレスはクラブのOBでもあるホルヘ・バルダーノをスポーツディレクター(SD)に据え、現場の管理を一任。そして、あの有名な補強戦略が打ち出される。

『ジダネスとパボネス』だ。

 翌2001年夏、補強の目玉となったのがフランスの偉才ジダンだった。毎年、外から連れてくる大物を、ジダネス(ジダンたち)と呼んだわけだ。逆に「パボネス」とは、クラブ生え抜きの選手を指す。カンテラ(育成組織)からトップに昇格させたセンターバックのパボンが、そうだった。

 同年夏に補強した7人のうち、実に6人がBチームからの昇格組だ。大金を投じて手にしたのは、ジダンだけである。

 同時にベンチへ回った実力者の「追い出し」を敢行。派手な補強を展開しているように見えて、その実はリストラによるコスト削減を粛々と進めていたわけだ。

 大駒を集め、レアルのブランド力を再強化する一方、人員整理を怠らずに財政再建を図る。知恵をめぐらせ、トレードオフの関係に陥りやすい2つのテーマを鮮やかにクリアしてみせた。ちなみに「ジダネス」の補強は毎年1人が原則。これなら資金的にも無理がない。また、ファンやメディアの関心が1人に集中するぶん、宣伝効果も大きい。

 2002年の夏、マドリードへやって来た第三の大駒も、そうだった。ロナウドである。

 直前に開催された日韓ワールドカップでゴールラッシュを演じ、祖国ブラジルを優勝へ導いたばかり。まさに、時の人だった。入団から3カ月でユニフォームの売り上げが、移籍金の4分の1に達している。補強に費やした額がほぼ1年で回収できる計算だから、高い買い物ではなかった。

 肝心の戦力面をみても、彼らの補強は理に適っている。フィーゴは右翼、ジダンは司令塔、そしてロナウドは点取り屋だ。それぞれのポジションと役割が1つも重なっていない。

 あとは、いかにして1つのチームに仕上げるか。そこで登場してくるのが、ペレス、バルダーノに続く、もう一人の賢者だった。

画像: フィーゴに続き、2001年夏にはジダンを獲得した。写真左がペレス会長。ジダンを挟んで右はディテファノ名誉会長(写真◎Getty Images)

フィーゴに続き、2001年夏にはジダンを獲得した。写真左がペレス会長。ジダンを挟んで右はディテファノ名誉会長(写真◎Getty Images)

画像: 2001-2002シーズンのCL決勝、レバークーゼン戦でジダンが決めた伝説ボレー(写真◎Getty Images)

2001-2002シーズンのCL決勝、レバークーゼン戦でジダンが決めた伝説ボレー(写真◎Getty Images)

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