連載『サッカー世界遺産』では後世に残すべきチームや人、試合を取り上げる。今回、世界遺産登録するのは2000年代に、ど真ん中を進むチーム作りでフランス史上空前のリーグ7連覇を成し遂げたオリンピック・リヨンだ。

デコイを使う4-3-3

画像: ルグエン監督が導入した4-3-3が黄金時代幕開けにつながっていく(写真◎Getty Images)

ルグエン監督が導入した4-3-3が黄金時代幕開けにつながっていく(写真◎Getty Images)

 2002年夏、フロントはサンティニの後任にポール・ルグエンを抜擢する。

 監督歴は3年。38歳の青年監督だ。2000―2001シーズンにレンヌを6位へ押し上げた以外にこれという実績はなかった。就任当初はチームの掌握に手を焼き、一時は10位に低迷。だが、徐々に盛り返し、ラスト11試合を9勝2分けでまとめ、見事連覇を果たした。

 こうして国内屈指の強豪へ脱皮したが、ヨーロッパ全体を見渡せば、中間勢力の域を出ない。他国のビッグクラブから手持ちのタレントを狙われる立場だ。

 案の定、連覇を成し遂げたオフにエースのアンデルソンを失うことになった。最重要戦力を抜かれる中堅の宿命だが、その穴を巧みに埋める戦略に卓越していた。ドイツの名門バイエルンから、同じブラジル人FWのエウベルを獲得。また国内から左翼のマルダ(ギャンガン)とMFのエシアン(バスティア)を補強。いずれも若く、才能あふれる人材だ。

 果たして、前年の勝ち点を大きく上回る79ポイントを稼ぎ出し、3連覇を達成。さらにヨーロッパの最強クラブを決めるチャンピオンズリーグ(CL)では初のベスト8に食い込んだ。そのオフ、最終ラインを支えてきたエジミウソンとミュラーのペアを失い、チーム最多得点のFWリュインデュラもマルセイユへ。またもチームの再構築を強いられることになった。

 そして、新シーズンが開幕してすぐに主砲エウベルが戦線離脱。1年近いリハビリを擁する大ケガに見舞われ、前線が深刻な駒不足に陥ることになった。前年の2センターバックばかりか、2トップまで失ったわけだ。そこでフロントはイングランドの強豪アーセナルでお払い箱となった元フランス代表のビルトールを移籍金ゼロで手に入れる。

 果たして、最盛期を過ぎたベテランにエウベルの代わりが務まるのかどうか。ルグエンは試行錯誤の末に1つの結論に行き着く。システムの変更だ。従来の2トップを断念し、新たなシステムを試みる。4-3-3だ。そこで最前線に組み込まれたベテランが、見事な働きを演じることになった。

 デコイ(おとり)がビルトールの役どころ。前線から縦横に動いて相手ディフェンスを引っ張り、ゴール前に格好のスペースをつくりだす。そこへ2人のインサイドMF(左のジュニーニョ・Pと右のエシアン)が交互に走り込み、ゴールネットを揺らした。

 ローマ(イタリア)のトッティが敵陣深くに仕組まれた『トロイの木馬』を演じる1年前に、フランスの異才がほぼ同じ役割をこなしていたわけだ。誰もが「かりそめのストライカー」へ転じるための仕掛けである。

 まさに、必要は発明の母――。前線の駒不足を逆手に取ったルグエンのアイディアが、最強リヨンへの布石となった。

二重人格的スタイル

画像: デコイとしてもチームの攻撃をけん引したビルトール(写真◎Getty Images)

デコイとしてもチームの攻撃をけん引したビルトール(写真◎Getty Images)

 ビルトールを『トロイの木馬』として最前線に潜り込ませる新しいシステムは、同時に3人のMFの個性を際立たせた。

 ママドゥ・ディアラをアンカーに据え、右にエシアン、左にジュニーニョ・Pが陣取る。M・ディアラは守備に滅法強く、エシアンは自陣と敵陣の両ゴール前を行き来する怪物で、ジュニーニョ・Pはたった一振りでスコアを動かすキックの魔術師だった。

 リヨンは守備に回ると、右翼のゴブと左翼のマルダが中盤に引いて、4-1-4-1へ移行。3人のMFに両翼を加えた5人で中盤のブロックを固め、敵の球を巧みに絡め取ると、矢のようなカウンターアタックへと転じた。

「中盤を厚くし、敵の攻撃を受け止め、ダイレクトに相手ゴールへ迫る。これが基本コンセプト」

 ルグエンの弁である。もっとも国内の戦いではパスワークを使って敵陣に攻め込んでいる。

 また、ビルトールをトップ下に落とし、前線にフローをもってくる4-2-3-1システムを使うケースもあった。引いて守る相手を攻略するためにアタック陣の駒を増やすわけだ。カウンター(速攻)一本槍でもポゼッション(遅攻)一辺倒でもない。時と場合によって、戦い方を自在に変えている。

 美学(あるいは理想)に殉じるつもりは毛頭ない。攻撃サッカーを掲げたところで、上には上がいるのだ。しかと現実を見据えて、解決策を用意するあたり、極端に針を振らない「中道派」の見本と言ってもいい。

 リヨンのスタイルが、きわめてオーソドックスに映る一因だろうか。あるいは「二重人格」的とも言える。格上だろうが、格下だろうが、勝ち負けにもっていける力があるからこそ「はずれ」が少ない。安定感の源泉だ。

 ルグエンの下で隙のないチームをつくり上げたリヨンは、危なげなく4連覇を達成。リーグ戦の全38試合で失点はわずか22、負けは3つしかなかった。オラス会長はルグエンとの契約の更新を望んだが、本人にその気はなく、シーズン終了後に退任。だが、ルグエンの「遺産」は後任にも受け継がれていった。


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