空前のプレス合戦
サッカー史上で類を見ない空前絶後のド突き合い。そう言ってもいい。取って、取られて、また取って――。ピッチの真ん中で互いに一歩も退かない「全力プレス」の応酬は熾烈を極めた。ソゼーとデシャンは、ミランの誇るライカールトとアルベルティーニという歴戦のペアを前にしながら、少しもひるまない。やがて若さにモノを言わせて、体力的にも精神的にも優位に立った。
また、屈強の3バックもファンバステンとマッサーロの2トップをロックオン。例のオフサイド・トラップを巧みに絡め、危険地帯から締め出していく。
「ミランに対する戦い方なら十分に心得ている」
戦前、こう言い放ったゲタルスの不敵な笑みは、決して強がりではなかった。そして44分、待望の先制点が転がり込む。ペレの右CKを、ボリが渾身のヘッド。ボールはGKロッシの手の届かぬコースへ吸い込まれた。1-0。これが栄冠をたぐり寄せる値千金の一発となった。
試合後、若きキャプテンのデシャンが両手で悲願のビッグイヤーを高々と掲げる。こうして魔術師の率いる一団は、フランス勢初の快挙を成し遂げたわけだ。
もっとも、マルセイユの控え室では、異例の事態が起きていた。タピの右腕であるゼネラルマネジャーのジャン=ピエール・バルネスが「刑務所には行きたくない」と泣き叫んでいたのである。6日前の国内リーグにおいて、バランシアンヌを買収していたことが明るみになったからだ。その結果、バルネスは刑務所送りとなり、マルセイユはフランス王者のタイトルを剥奪される。
辛うじてビッグイヤーは手元に残ったものの、ヨーロッパ王者としての活動は禁じられ、同年暮れに開催されるトヨタカップ(インターコンチネンタルカップ)への参加は叶わなかった。不運としか言いようがない。
大金さえ積めば、欲しいモノは何でも手に入る――そう思い込んでいた愚者の末路は哀れだった。だが、賢者ゲタルスは違う。その遺産は現代においてもなお、脈々と受け継がれているからだ。
ゲタルスの握った「三叉の槍」は、いまやサッカーの神々(時代の強者)が携える強力なアイテムの1つとなった。2002年日韓ワールドカップで優勝したブラジルのロナウド、リバウド、ロナウジーニョから成る「3R」は、その好例だろう。
近年ではチェルシー(イングランド)やドルトムント(ドイツ)はもとより、ホルヘ・サンパオリ時代のアルゼンチン代表などが「三叉の槍」を手にしていた。未来を先取りしたトリデンテの魔法は、まだまだ解けそうにない。
著者プロフィール◎ほうじょう・さとし/1968年生まれ。Jリーグが始まった93年にサッカーマガジン編集部入り。日韓W杯時の日本代表担当で、2004年にワールドサッカーマガジン編集長、08年から週刊サッカーマガジン編集長となる。13年にフリーとなり、以来、メディアを問わずサッカージャナリストとして活躍中。