連載『サッカー世界遺産』では後世に残すべきチームや人、試合を取り上げる。今回、世界遺産登録するのは、1974年のワールドカップで未来を先取りした90分間を披露した2次リーグの「オランダ対ブラジル」だ。

「秩序と混沌」の苦心

画像: 背番号14のクライフがジャンピングボレーを決め、ブラジルゴールを破った(写真◎Getty Images)

背番号14のクライフがジャンピングボレーを決め、ブラジルゴールを破った(写真◎Getty Images)

 ピッチに充満する殺気、興奮、スピード感――。あらためて振り返っても、大きな違和感はない。現代のフットボールに脈打つものが、そこにあるからだろうか。

 いや、現代の基準に照らせば、オランダの「ボール狩り」は実に危うい。現代人の目には、とても洗練された代物とは映らないだろう。だが荒削りなぶん、すごみや斬新さが際立っている

 そうした未知の圧力にさらされても容易に屈しないブラジル人の底力(創意工夫)もまた、名勝負を演出していた。だが、この一戦は、世界に冠たるブラジルに深いトラウマを残すことになる。
「もはや、個々のテクニックだけで勝てる時代は、終わった」
 指揮官ザガロの言葉である。これを境にブラジルは「フィジカル路線」へ舵を切り、しばし迷走することになる。王国の誇りが無残に打ち砕かれた証左だろう。

 他方でオランダも、世界を驚愕させた未来のフットボールを演じることの難しさに直面する。本命として臨んだ西ドイツとの決勝ではプレス・アンド・ラッシュの強度が落ち、開始2分に先制しながらも、痛恨の逆転負け。4年後のアルゼンチン大会でも決勝に駒を進めたものの、延長の末に破れている。ブラジル戦の水準に達する戦いぶりではなかった。

 前衛的な戦法に付随する「秩序と混沌」のバランスに苦心したからだ。カオスに満ちた前のめりの戦法には、鮮やかに秩序を回復させる存在が必要だった。

 だが、クライフという天才を失ってからは、カオスの波にのみ込まれていく。未完のフットボールが更新されるには、名将アリゴ・サッキ率いるミラン(イタリア)の出現を待たなければならなかった。確固たる理論に裏付けられたプレッシングの登場である。

 現代のアップデートされた戦法は、総じてミランを出発点にしたものだ。さらに、源流をたどった先に、あの偉大な『時計じかけのオレンジ』がある。

 当時の人々には、まるで天と地がひっくり返ったような衝撃だったはずだ。古い王政(ブラジル)を倒し、新しい時代を拓く革命軍(オランダ)の進撃。やはり、あの日、あの瞬間、フットボールの歴史は大きく変わった――。

画像: ブラジル戦に勝利、声援に応えるオランダ代表(写真◎Getty Images)

ブラジル戦に勝利、声援に応えるオランダ代表(写真◎Getty Images)

画像: 決勝の西ドイツ戦でクライフがフォクツに倒され、PKを獲得して先制(決めたのはニースケンス)。だが、オランダは1-2で逆転負けを喫した(写真◎Getty Images)

決勝の西ドイツ戦でクライフがフォクツに倒され、PKを獲得して先制(決めたのはニースケンス)。だが、オランダは1-2で逆転負けを喫した(写真◎Getty Images)

画像: 準優勝に終わったものの、オランダ代表は世界に衝撃を与えた。写真は大会後にユリアナ女王に謁見した際の一コマ(写真◎Getty Images)

準優勝に終わったものの、オランダ代表は世界に衝撃を与えた。写真は大会後にユリアナ女王に謁見した際の一コマ(写真◎Getty Images)

著者プロフィール◎ほうじょう・さとし/1968年生まれ。Jリーグが始まった93年にサッカーマガジン編集部入り。日韓W杯時の日本代表担当で、2004年にワールドサッカーマガジン編集長、08年から週刊サッカーマガジン編集長となる。13年にフリーとなり、以来、メディアを問わずサッカージャナリストとして活躍中。


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