連載『サッカー世界遺産』では後世に残すべきチームや人を取り上げる。今回、世界遺産登録するのは、2002年のワールドカップで旋風を巻き起こしたセネガル代表だ。常識をあざ笑ってみせたアフリカの星について綴る。

『白い魔術師』の策

画像: 中央で選手たちに指示を送るのがブルーノ・メツ監督(写真◎Getty Images)

中央で選手たちに指示を送るのがブルーノ・メツ監督(写真◎Getty Images)

 魔法の夜だった。

 2002年5月31日、ソウルで開催された開幕戦である。スコアは1-0。勝者は、セネガルの方だった。

「開幕戦、それは魔法だ」

 番狂わせへ導いたメツは、かねてから、そう話していた。いくつもの「先行事例」が彼の頭に浮かんでいたわけである。

 1982年スペイン大会では、王者アルゼンチンが伏兵ベルギーに屈し、1990年イタリア大会でも王者アルゼンチンがアフリカの雄カメルーンに足をすくわれている。スコアはいずれも1-0。開幕戦を「初戦」に置き換えればスペイン大会でヨーロッパ王者の西ドイツを2-1で破ったアルジェリアの例を加えてもいい。

 ともかく、歴史が繰り返されたわけだ。

 セネガルに運も味方した。王者フランスは当代随一の名手ジネディーヌ・ジダンを大会直前のケガで欠いていたからだ。

 それでもなお、前評判は「フランス優位」で動かなかった。それは伏兵セネガルにとってむしろ、好都合だった。

「僕らに失うものはない。精神的な重圧を感じなくて済むから、力を発揮できると思う」

 ディウフの言葉どおりだった。事実、セネガルが奪った虎の子の1点は、鋭いカウンターアタックの急先鋒となったディウフの突破が、フランスの誇る堅陣に風穴を開けている。

 智謀の才に恵まれるメツは周到にフランスの攻略法を準備していた。システムは、シセをアンカーに据える4-1-4-1。フランスの定番である4-2-3-1を想定し、マーク(1対1)のズレが生じにくい陣形(人の配置)を選択したわけだ。

 定石どおり、失点回避を最優先し、網の目の細かい守備ブロックを自陣に構築。ジダン不在によるパス交換の乱れに乗じて、瞬く間に球の持ち手を包囲していく。

 プレスからの接近戦で際立ったのは、中盤に陣取る193センチの長身パペ・ブバ・ディオップとサリフ・ディアオの強力ペアだ。フランスのMF陣に勢いよく襲いかかり、次々に球を奪った。

 球を奪ってからの逆襲も、計算づくの代物。メツが狙いを定めたのは、盛んに攻め上がるフランスの両サイドバックの背後に生じるスペースだった。

 セネガルが球を奪うと、スピアヘッドのディウフがこのスペースに流れ、味方の球を引き出す寸法だ。他方、対応を迫られるフランスは2センターバックのどちらかが外へと引っ張りだされ、必然的にゴール前が手薄になる。

 この機に乗じて、一気に第2列がゴール前へと雪崩れ込む――。 得点源だったディウフを「飛脚」として使うメツのアイディアが、フランスの守備陣をまんまとワナに嵌めた格好だ。

 決勝点は、左のワイドオープンを疾走するディウフが外へ釣り出されたCBのルブフをかわし、その折り返しをP・B・ディオップが押し込んだもの。言わば、必然のゴールだった。

「あなた方は魔術師の力を信じているという噂を聞くが……」

 父なるフランスを負かした息子たち(セネガル)の大番狂わせに驚がくするメディアから問われたMFのハリル・ファティガは笑って、こう話した。

「魔法使い? 本当にいるとすれば、それは僕らの監督だけさ」

12年ぶりのベスト8

画像: 2002年のセネガル代表はタレントがそろっていた(写真◎Getty Images)

2002年のセネガル代表はタレントがそろっていた(写真◎Getty Images)

 セネガル、侮りがたし――。

 開幕戦の快挙は列強の警戒心を強め、逆に戦いにくくなるのではないか。そうした懸念の声も聞かれる中で第2戦に臨んだ。

 北欧の雄デンマークを相手に、1-1のドロー。16分にPKを与えて、先制点を許す苦しいすべり出しとなったが、多くの時間帯でゲームの主導権を握っていたのはセネガルだった。

 同点に追いついた後半は、ほぼセネガルのペース。ハーフタイムに決断したメツの交代策が、流れをぐっと引き寄せた。
 アンリ、スレイマンの「2人のカマラ」を投入。1トップにS・カマラ、右翼にH・カマラ、左翼にファティガ、そしてディウフをS・カマラの背後に据える。

 4-2-4(4-2-3-1)とも言うべき攻撃的な布陣へシフトした。堅陣を固めるだけではなく、総攻撃へと転じるオプションをしっかり備えているあたりも、実に抜け目がない。
 そして、8強入りを賭けた古豪ウルグアイとの第3戦は序盤から攻め立てた。ファティガのPKで先制した後、P・B・ディオップが連続ゴール。いずれも右サイドを切り裂いたH・カマラのクロスを捕らえたものだった。

 3-0。前半だけで、ほぼ勝負は決したかに見えた。ところが、後半に入るとリズムが狂い、3点差を追いつかれる。
 油断から生じた隙を、ウルグアイに突かれた格好。結局、3-3のドローに終わったが、フランスの体たらくもあり、デンマークに続く2位に食い込み、ラウンド16へ駒を進めた。

 1回戦の相手は、デンマークと並ぶ北欧の雄スウェーデン。ノックアウトステージという「未知の戦い」に挑むセネガルは、ファティガとディアオの2人を出場停止で欠く苦しい陣容だった。
 しかも、11分にCKからヘンリク・ラーションに先制ヘッドを許す。デンマーク戦と同じ流れだ。ところが、これで終わらないのが今大会のセネガルだ。

 3戦目からスタメンに定着した右翼のH・カマラが躍動。37分に同点ゴール、そして1-1のまま延長に突入した104分に激戦に終止符を打つ「黄金のゴール」を叩き込んだ。

 計算づくのコンビネーションではない。いかにもアフリカ勢らしい「個の力」が、2つのゴールを呼び込んだ。卓越した組織力の中で各々の尖った個性が際立つメツの手腕が、12年ぶりとなるアフリカ勢のベスト8をもたらした。

「素晴らしいゲーム。観客のみなさんも熱狂しただろう」

 試合後、メディアの勝算を浴びる『白い魔術師』は、会心の笑みを浮かべた。


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