新潟県勢初の4強入りを果たした帝京長岡(新潟)だったが、準決勝で前回王者の青森山田(青森)に惜敗。初の決勝進出はならなかった。試合後、エースのFW晴山岬は地元長岡、そして恩師への感謝の思いを語った。

上写真=晴山は今大会4ゴール。帝京長岡の躍進に貢献した(写真◎小山真司)

■2020年1月11日 全国高校サッカー選手権準決勝(埼玉スタジアム2〇〇2)
青森山田 2-1 帝京長岡
得点者:(青)田中翔太、松木玖生 (帝)田中克幸

長岡からプロの世界へ

 帝京長岡3年生のFW晴山岬は、前半と後半に1本ずつ決定機を外した。そして試合終了のホイッスルが吹かれた瞬間、頭を抱えてピッチに倒れ込んだ。その無念さは5階席の記者席まで伝わってくるほど。チームのエースであるだけに敗戦の責任を重く感じているだろう。そんなことを考えながらミックスゾーンで待っていると、予想に反し、晴れ晴れしい表情で現れた。『名は体を表す』といったところか。

「準決勝の舞台で自分たちのサッカーができました。みんな臆することなくボールを受けて、自分の良さを一人ひとりが出せたというのは、結果は伴わなかったですけど、最後に相応しい試合でした。自分たちの力を出せたと思っています」

 その言葉に偽りはない。準決勝での帝京長岡は持ち前のパスワークを駆使し、序盤から積極果敢にアタック。今大会ベストの内容で、前回王者の青森山田を大いに苦しめた。それだけに、晴山は「今日の試合は自分が決めていれば勝てた」とシュートミスを悔やみ、試合直後は「めちゃめちゃ泣いた」というが、充実感が涙を払った。

 印象的だったのは、地元長岡への感謝の気持ち。「長岡は自分を育ててもらった地。体育館やグラウンド、いろいろな環境を貸してくださるなど、本当にみんなに育ててもらいました」。豪雪地帯でもサッカーに熱中できたのは、地域の協力があってこそ。3歳のときに長岡ジュニアユースフットボールクラブ(長岡JYFC)の門を叩いた晴山は、技術重視の指導の下でぐんぐんと力を伸ばし、いまでは年代別代表に名を連ねる選手にまで成長。卒業後はJ2の町田ゼルビアに加入することが決まっている。

 長岡JYFC時代から一貫指導を受けてきた帝京長岡の谷口哲朗総監督のことに話が及ぶと、少し声を詰まらせた。出会ってから14年、この日初めて恩師の涙を見たという。「あんな歓声の中でも谷口先生の声が聞こえた」と試合中を思い出し、「先生にここまで育ててもらって、最後に思いに応えられなかったのが一番悔しい。このあと、先生に『育ててきてよかった』と思ってもらえるように、プロで輝けるように頑張りたい」。決意を新たに、長岡から巣立つ晴山。プロの世界での恩返しを誓った。

取材◎多賀祐輔 写真◎小山真司、福地和男

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