上写真=ヨーロッパ各国のサッカークラブにはeスポーツに積極的に取り組むところが多い(写真◎Getty Images)
名門クラブ集うグローバルリーグ
今年に入り、『eスポーツ』という言葉を目にし、耳にする機会が格段に増えた。1月には一般社団法人eスポーツ連合が設立され、日本の名立たる企業もこぞって業界に参入。サッカー界もその例にもれず、春には『eJリーグ』が初めて開催され、世界大会として『FIFA
eワールドカップ』も行なわれた。
さらに今夏の第18回アジア競技大会では、デモンストレーション競技
として開催された『eスポーツ〜ウイニングイレブン2018部門』において日本代表日本代表(杉村直紀選手と相原翼選手)が初の金メダルを獲得し、来年開催される『いばらき国体』では文化プログラムとしてeスポーツが取り入れられることも決定した。
eスポーツに関しては世界から数年遅れていると言われる日本も、この数か月間で取り巻く環境が急激に変化しつつある。2018年は、日本におけるeスポーツにとってエポックメイキングな年となった。
こうした動きの中で、新たに大きなうねりを生み出そうとしている日本の企業がある。モバイルゲームで有名な『アカツキ』だ。今年8月、「LPE(LEAGUE OF PROFESSIONAL ESPORTS)」の設立を発表した。LPEは、グローバルに展開されるeスポーツリーグであり、リアルスポーツ(フィジカルスポーツ)でプロチームを所有するクラブのみが参加可能なリーグとなっている。現時点でもサッカーの名門クラブであるFCバルセロナ(スペイン)、ビジャレアル(スペイン)、レアル・ソシエダ(スペイン)、アヤックス(オランダ)、ガラタサライ(トルコ)、サントスFC(ブラジル)などが参加を表明。日本からもeスポーツチームを所有している東京ヴェルディが参加を決めている。
今回、サッカーマガジンでは、スペインより一時帰国していた熊谷祐二氏(アカツキのeスポーツ事業の責任者で、LPEを運営するPEL社取締役)に取材を申し込み、LPEの未来像と、名門スポーツクラブがなぜLPEに参加しているのかについて話を聞いた。
参加をスポーツクラブに限定した意味
――まず今回、LPEを設立した理由を教えてください。
熊谷氏 まず、チャビ(チャビ・コルテス・トゥビオ)の存在が大きいですね。彼はずっとゲーム業界で働いてきた人間で、PLE(PROFESSIONAL ESPORTS LEAGUE)の代表でした。そしてこの1、2年の間もFCバルセロナ(以下バルサ)などでeスポーツのコンサルティングをやっていたんです。そもそもバルサはバスケットボールやハンドボールなどいろいろな競技のチームを持っていますが、eスポーツのチームを立ち上げ、リーグに参戦しようとしたときに、その価値観に合うリーグがなかったようなんですね。
そういう話の中で、同じような悩みを抱えているクラブがあるんじゃないかということに思い至ったんです。そこで「じゃあ、そういう考えを持ったクラブだけが参加できるリーグを作ろう」ということを1年ほど前に構想したと。そしてグローバルなeスポーツリーグを運営したいと考えていた僕らとともに、LPEを設立することになったわけです。
――例えば、アカツキとしてeスポーツのチームを持つのではなく、プロリーグを運営しようと考えたのはなぜなのですか。
熊谷氏 eスポーツへの参入を検討したときに、われわれはゲーム会社でもあるので、ゲームパブリッシャーとして僕らのタイトルを使用してもらうこともできるわけです。あるいは映像配信のプラットフォームを作るとか、スポンサー企業として応援していくとか、色んな関わり方がある中で、僕らはグローバルにあるリーグをやることに意味があると考えました。もちろん、ビジネス的にも有望だろうという思いもあります。そう考える中で、ずっと(リーグを)探していて、彼ら(チャビ氏)に出会ったということです。例えば、リーグを自分たちでできる範囲で国内で展開するとかは一切考えていませんでした。グローバルでやることにこそ意味があると思っていたからです。
今回のプロジェクトというのは、日本におけるeスポーツを取り巻く現状を変えたいということだけではなくて、世界規模で変えていきたいという思いがベースにあります。アカツキはゲームの会社ですけども、ゲームのポジティブな面をもっと世の中に発信していきたい。簡単に言えば、多くの人にハッピーになってほしいという考えがあります。それを実現するためにも、eスポーツにはシナジーがあるというか、シンクロするところがある。
――では参加をプロクラブに限定しているのはなぜでしょうか。
熊谷氏 2点あります。まず一つはeスポーツの選手にプロフェッショナリズムを持っていてほしいということです。競技レベルはもちろんなのですが、彼らの発言とか立ち居振る舞いだったり、その点においても選手がプロフェッショナルであることが重要だと僕らは考えています。例えば、クリスティアーノ・ロナウド(ユベントス)は見た目がかっこいいと感じるとしても、発言やその行動がちゃらんぽらんだったら多くの人に憧れられないと思います。eスポーツの未来を考えたときに、選手が憧れの存在になることがプロとして成立していく上でとてもとても重要だと思っています。
そのためには当然、育成が重要で、プロスポーツクラブにはそもそも育成のノウハウがあり、組織があります。地域の子どもたちを育成し、やがてeスポーツのプロに育てていくという未来図を僕らは描いていますし、だからこそプロクラブがLPEに参加することに意味があると思っています。
いまは、eスポーツ選手として活躍するためのトレーニングが研究されていますが、栄養学だったり、睡眠の方法だったり、コンディショニングも含め、プロスポーツクラブは進んでいるので、そういう要素をeスポーツの世界に還元するということも考えて、参加をプロクラブに限らせていただきました。
もう一つは、健全性です。僕らも指針として掲げているのですが、例えばeスポーツは一つのタイトル(ゲームの種類)で、特定のコアなファンに向けて行なわれるケースが多い側面があります。そのタイトルの発展を考えれば、そのパブリッシャーである企業の活動として間違っていないのですが、僕らは社会的な認知度を高める上で、性別の違いや年齢の垣根を越えて戦える、競い合えるというゲームのポジティブな面を引き出し、社会に受け入れられるものとして、もっと広げていきたいと思っています。そこには暴力性の排除や反差別運動など、いまプロスポーツクラブが当たり前にやっていることが重要なのだと考えています。eスポーツを広げていくために、その点はしっかりしておきたい。だからプロスポーツクラブが参加することに意味があります。このわれわれの主旨を理解した上でどのクラブも参加してくれているので、健全なリーグとして確立していくことができると考えています。
日本からメッシが生まれる!?
――バルサのほかにもeスポーツに積極的なクラブはあるのですか。
熊谷氏 サッカークラブの中で積極的にeスポーツに取り組んでいるのは、パリ・サンジェルマン(フランス)やシャルケ(ドイツ)が有名ですね。今回LPEに参戦を表明してくれているガラタサライもそうでしょう。いま挙げたのはサッカークラブですが、eスポーツで扱っているのはサッカーのタイトル(ゲームの種類)もあれば、それ以外のタイトルもあります。例えば、複数人で領土を奪うようなタイトルなどです。
今年はサッカータイトルで言えば『eJリーグ』や『FIFA eワールドカップ』、バスケットのタイトルでNBAが『NBA 2Kリーグ』を開催するなど、eスポーツのリーグという枠組みが話題になりました。そういう動きが加速しているのは確かだと思います。
これはエリアを越えることができるeスポーツの一つの側面を表していると思います。
――LPEはどのようにリーグとして展開されるのですか。チーム数と開催期間を教えてください。
熊谷 リーグの年間スケジュールに関してはヨーロッパのサッカーのリーグに近いものを描いています。ですから8月にスタートして、5月に終わるというイメージです。2019—2020シーズンからは、そこに合わせていきたいと思っています。まず、今年中にプレシーズンを始めて、年明けから5月まで1stリーグを始めたいと思っています。そして来年8月からリーグを本格的にシーズンとしてスタートさせたいと思います。
扱うタイトルとチーム数に関しては、これはそのタイトルによっても変わってくると思いますが、1タイトルに関して平均で10チームくらいは募りたいと思っています。8~12チームで競うイメージです。
各チームが出場したいタイトルを選んでもらえるようにします。そしてそれぞれのチャンピオンを決めるという形になります。例えばバルサはAというタイトルとDというタイトルに出場します、ということができるように。そういうスキームでいこうと。
正式発表はまだなのですが、LPEは複数のタイトルのリーグを行なって色んな価値観を提示していきたいと思っています。
――LPEは日本でも見られるのでしょうか。
熊谷氏 例えばYouTubeとかTwitchとか、広く配信していこうと思っていますので、日本の皆さんにも見ていただけます。韓国ではケーブルテレビなどもありますが、そういうことも将来的には積極的にやっていきたいとは思います。ただ、今はLPEそのものを広める時期なので、どこでも見られますということにしたい。もちろん今後の話なら、ビジネスモデルの一つとしては放映権を売っていくということもあり得ますし、YouTube、Twitch、DAZNなど、どこかで独占放映していただくケースも将来的には出てくるのかもしれません。まだそこまでは分かりませんが。
現在、eスポーツの視聴者数は年15%から20%の割合で増え続けています。昨年は1億4300万人あまりで、2022年には2億7600万人になると見込まれています。これはNBA(2億7000万人)とかNFL(2億3100万人)など主要スポーツリーグを超える数字です。
――日本では今年に入って急速にeスポーツが広まった印象があります。そもそもeスポーツが広まるのに時間がかかったのはなぜでしょうか。
熊谷 コアなゲーマーの方は分かっていたと思いますし、人気のYoutuberの方のゲーム実況に多くの視聴者が集まったりだとか、早くからゲームやeスポーツに興味を持っている方々は一定層、いたと思います。ただ、eスポーツとは何なのかという定義にもよりますが、届いていない層も確実にいたのは確かです。
eスポーツはそのままとらえるとコンペティションの場ということになると思います。競技として争ってチャンピオンを決めるという意味で。ただ、それをもっと広くとらえると、ゲームの世界の問題もある。中国や韓国はRTS(Real‐Time Strategy/敵陣に攻め込み攻め落とす戦略ゲーム)のPCゲームが流行っていて、アメリカではFPS(First Person Shooter/一人称視点のシューティングゲーム)が流行っています。これらのゲームとはコンペティションの相性がすごくいい。勝ち負けがはっきりしていて、領土を奪い合うとか相手を倒すとか、そこを目的としてやるゲームなので分かりやすい。でも、日本で流行っているタイトルは、そういう価値ではないものが多いんです。ゲームの文化という点で言えば、日本は文化もあるし、市場規模も大きいのですが、コンペティションと相性がベストではないものも多かったという側面はあるでしょう。
それからゲームに対するアングラなイメージとか、暗いイメージがあったのも確かだと思います。子どもたちがサッカーボールを持って校庭で2時間遊ぶのはいいけれど、部屋に集まってゲームをするのはよくないという考えというか。そういうところで、ゲームに関していくつもの歯止めがかかって、日本はeスポーツの世界で出遅れたのではないかと思います。
――今回のアカツキの試みは、日本に根付いているゲームに対する意識を変えたいという思いも強いのでしょうか。
熊谷氏 それはもちろん。先ほど言った、ゲームのポジティブな面を発信するために、すごく分かりやすく言えば、eスポーツ界のメッシを誕生させたいと思っています。要するに多くの子どもたちにとっての憧れの存在を作って、そこを目指してみんながコントローラーを握って、切磋琢磨するようにしていきたい。メッシを目指してボールを蹴る子どもが世界中にいるように。
ゲームを取り巻く環境が変わって、あるゲームを攻略するために真剣に頑張る子どもの姿を見て応援しない親はいないでしょうし、それこそeスポーツがサッカーとか野球とかと同じようなスポーツ文化になるだろうと思います。世の中に僕らが発信していきたいと思っているのはまさにその部分で、だから折に触れて話していますが、「メッシを作りたい」ということになるんです。
――日本からもメッシは生まれるでしょうか?
熊谷氏 日本は格闘ゲーム大国なので、世界的にも有名な選手が多いですが、例えば、LPEに参加が決まっている東京ヴェルディのeスポーツチームに所属すれば、FCバルセロナやアヤックスと対戦するということになります。フィジカルスポーツとしてのサッカーでは、リーグが異なるので日常的に対戦できませんが、eスポーツは国境を越えて同リーグで競い合うことができます。
現段階でも十数か国からクラブの参加が決まっているので、そのへんもこのリーグの醍醐味と言えるかもしれません。そこで活躍し、憧れの存在となれば、日本からメッシが誕生することになるでしょう。それは可能性が十分にあることだと思っています。
――『日本のメッシ』を取材する機会を待ちたいと思います。今日はありがとうございました。
熊谷氏 その機会を作れるように、われわれも頑張ります。
取材◎佐藤 景 写真◎山口高明、Getty Images