連載『サッカー世界遺産』では後世に残すべきチームや人を取り上げる。今回はサッカーの母国イングランドの名門マンチェスター・ユナイテッドが復活した80年代中盤から90年代後半の歩みを綴る。不屈の指揮官ファーガソンがもたらしたものとはーー。

カンプノウの奇跡

CL決勝で91分に同点ゴールを決めたシェリンガム(写真◎Getty Images)

 もうカントナはいない。それでも、ユナイテッドは強かった。

 最前線にコールとヨークのペアをあてがい、最終ラインにはオランダの巨人スタムを連れてくる。戦力が落ちるどころか、むしろ大きく向上していた。

 国内戦はもとより、CLの舞台でも破竹の勢いで突っ走る。強豪ひしめくグループステージを無敗で勝ち抜くと、準々決勝でインテル(イタリア)を破り、ベスト4へ勝ち上がった。

 充実一途。見事な戦いぶりである。もっとも、不屈ユナイテッドの真骨頂はここからだ。

 圧巻はユベントス(イタリア)との準決勝だ。ホームの第1戦は0-1と追い込まれ、アウェーの第2戦では0-2と突き放されたが、降伏などしていなかった。

 第1戦は後半のアディショナルタイムにギグスのボレーで1-1のドローに持ち込む。それ以上に衝撃的だったのは第2戦だ。前半のうちに1点を返し、後半の残り5分を切ってから、ドラマの幕が上がる。ヨークとコールが立て続けにネットを揺さぶって、3-2。土壇場で逃げ切り上手のイタリア勢をねじ伏せたのだ。

 しかし、奇跡のドラマはこれで終わりではなかった。

 バルセロナ(スペイン)のカンプノウで開催された、バイエルン(ドイツ)との決勝。闘将キーンを出場停止で欠くユナイテッドは、バスラーに直接FKをねじ込まれ、劣勢を強いられる。懸命に反撃へ転じたが、スコアは動かず、後半のアディショナルタイムに突入してしまう。もう、絶体絶命と言っていい。

 だが、男たちは誰ひとり勝負をあきらめていなかった。ベッカムのCKを足がかりに、重い扉をこじ開けていく。まず、91分にシェリンガムが起死回生の同点ゴールを決めると、2分後にスールシャールが続き、あっという間に2-1。ある者は叫び、ある者は声を失った。

 そして、タイムアップだ。まるで天国と地獄ーー。たった3分でドラマの筋書き(結末)が大胆に書き換えられる。まさに『カンプノウの奇跡』だった。

 男たちが精魂も尽きるまで戦い抜いた不屈のドラマ。それをドイツ勢相手にやってのけるあたりがイングランドの王者らしい。

「サッカーとは単純だ。22人の男たちがボールを奪い合い、最後にはドイツが勝つ」

 イングランドのかつての点取り屋リネカーの名言、いや迷言か。彼にはチャーチルの説いた不屈の魂が宿っていないらしい。

「彼らは何も放棄しなかった」

 敗軍の将ヒッツフェルトは脱帽の体だった。ドイツ人を屈服させたド根性に。一方のファーガソンは何を語ったか。

「彼が我々(の勝利)をあと押ししてくれたように思う」

 1999年5月26日ーーそれは奇しくも、5年前に他界した先達バスビーの誕生日でもあった。あまりにも話が出来すぎている。

 それもまた、ただでは起きないユナイテッドらしさか。理屈も、根拠もいらない。ただ勇気と覚悟をもって、必ず立ち上がる。これほど怖い相手はいないはずだ。

劇的な決勝ゴールで欧州クラブ王者のタイトルを呼び込んだスールシャール(写真◎Getty Images)

著者プロフィール◎ほうじょう・さとし/1968年生まれ。Jリーグが始まった93年にサッカーマガジン編集部入り。日韓W杯時の日本代表担当で、2004年にワールドサッカーマガジン編集長、08年から週刊サッカーマガジン編集長となる。13年にフリーとなり、以来、メディアを問わずサッカージャナリストとして活躍中。