日本サッカー界で輝いた新旧のミッドフィルダーたちを綴る連載。第3回は「水を運ぶ人」へのリスペクトを込めて印象に残った選手たちを紹介していく。「縁の下の力持ち」だとされる常識を壊してくれた選手とは?

上写真=左から北澤豪、明神智和、酒井友之、熊谷浩二(写真◎J.LEAGUE/Getty Images)

文◎平澤大輔(元サッカーマガジン編集長) 写真◎J.LEAGUE、Getty Images

北澤豪がかけた魔法

 キラキラしているミッドフィルダーもいいけれど、王子様然としたそんな彼らを、汗まみれになって支えるパワフルな仕事人が好きだ。

 ジェフユナイテッド市原・千葉、そして日本代表を率いたイビチャ・オシムが「水を運ぶ人」と表現した、そんな選手のことだ。

 これまでの取材を振り返って、その象徴的な存在だと最初に名前を挙げたいのが、北澤豪だ。とにかくよく走った。自慢の長髪を振り乱して駆けめぐり、その長髪を頭の後ろで一つに束ねるとさらにパワーアップしたかのように強度を増して、闘犬のごとく相手ボールをめがけて突き進んだ。

 その走りが魔法のように見えたのは、フランス・ワールドカップ最終予選でのことだ。

日本代表でも持ち味を示した北澤豪(写真◎Getty Images)

 前触れもなく突然、導入されたホーム・アンド・アウェーのリーグシステムで、5チームがわずか一つの出場権と、同じく一つのプレーオフ進出権を奪い合う長丁場。ご存知の通り、日本は序盤から成績が芳しくなく、予選期間中に監督を更迭するという初めての大事件を経験して、無意識のうちにナイーブになっていた。この苦境を意地でも乗り越えるために監督のバトンを渡された岡田武史は、第6戦・ホームでのUAE戦から北澤を呼び戻したのだった。

「守備的」と印象づけられた3バックでの戦いに見切りをつけた岡田監督は、「攻撃的」なニュアンスの強い4バックに切り替えた。2トップの後ろに入った北澤は、ここでもとにかく走った。ボールを奪うためであるのはもちろん、2トップを追い越して右へ左へ、あるいは前へ後ろへと動き回ることによって相手を撹乱し、スペースを産み落とし、時間をつくって、それを若い中田英寿や名波浩などに与えていった。

 チームに重くのしかかっていた停滞感が、たった一人の選手の激しいランによって煙のように消え去ってしまうなんて!

 もちろん、チームとしての戦略が功を奏した結果だけれど、北澤のアクションが、まるで邪魔者を異空間に送り込むかのような魔法に見えたのだ。どうしても「水を運ぶ人」というと、〈ゴールを決めたり素晴らしいパスを送り込むエースやスターがプレーしやすいように環境を整える縁の下の力持ち〉というあたりが常識的な形容になるのだろうが、実は走り回って自分たちがプレーするためのスペースと時間の両方を作り出す〈時空を操る本当のマスター〉であるのだということを、北澤の大活躍に教えてもらった。常識はいつも疑ったほうがいい。