少し自分のプレーを見失っていた
競争が激しいからこそ、郷家は結果を出し続けることを誓う(写真◎J.LEAGUE)
2018年、青森山田高校から神戸に加入。同年3月7日には早々にルヴァンカップでプロデビューすると、3月18日にはJ1リーグ初先発を飾るなど、多くの期待を集めてスタートしたプロキャリアだった。
その後も順調に出場試合数を伸ばしながら、プロ4年目の21年には主軸としてJ1リーグを戦い、当時のクラブ史上最高順位となる3位に貢献。自身もキャリアハイとなる32試合に出場するなど飛躍のシーズンになった。
だが、翌22年は熾烈なポジション争い、度重なる監督交代の中で出場機会を減らし、23年にはJ2のベガルタ仙台に完全移籍。同ジュニアチームに所属していた小学5年生時に経験した東日本大震災の際に「大きな力をもらった」地元のJクラブで再出発を図った。
その中では、移籍初年度からレギュラーに定着。23年と25年には2度の『二桁得点』を記録するなど経験と結果を積み上げ、今シーズン、郷家は4年ぶりにプロキャリアをスタートした古巣への復帰を決断する。
「僕がいない間に、神戸はJ1リーグで連覇を飾るなど、以前とは選手、スタッフも、チームが漂わせる雰囲気も大きく変わった。タイトルを獲ったチームとして、負けが許されないという空気を練習から感じるし、そのためには誰もがチームにも自分自身にも一切の妥協を許さずに厳しく向き合っている。自分もその一員として、しっかりと結果でチームに貢献していきたい。成長した姿を神戸サポーターの皆さんに見てもらいたいと思っています」
もっとも、序盤は苦しんだ。J1百年構想リーグの開幕戦から先発のピッチを任されたものの、ある意味『出来上がったチーム』に自分を適応させるのは簡単ではなく、「どことなく自分がまだ空回りしている気がします」と話していたことも。AFCチャンピオンズリーグ・エリート2025/26の戦いを含めて3試合続けて公式戦の先発を外れたあと、先発に返り咲いたJ1百年構想リーグ第4節・アビスパ福岡戦後に聞いた言葉も印象に残っている。
この試合、公式戦では4試合ぶりの先発出場を飾った郷家だったが、31分には相手選手に右脛に強烈なタックルを喰らい悶絶して倒れ込んでしまう。このプレーにより相手選手は一発退場になったが、しばしの治療後、郷家はピッチに戻り、戦いを続行した。
「正直、結構強く(相手の足が)入ったのでかなり痛かったですけど、痛みには強い方だし、何より、せっかくもらったチャンスで負傷交代するのは嫌だった。4試合ぶりの先発でなんとしてでも爪痕を残したいという思いもありました。今年に入ってキャンプから準備をしてきて、自分なりに少しずつチームや強度に慣れていたつもりでしたけど、公式戦ではそれ以上の強度でのプレーが求められる。何より、神戸には僕がいない3年間に積み上げてきたすごく大きなチーム力がある中で、これまでの試合ではそこに適応することばかり意識しすぎて少し自分のプレーを見失っていた。だからこそ、今日はスタートから運動量や背後に抜ける走力、犠牲になる動きといった得意なプレーをどんどん出そうと思っていました」
その後に続いた言葉にも、神戸復帰に込めた決意を伺わせた。
「難しい時期を過ごすこともあると覚悟していたし、そういう新たな刺激が欲しくてこのチームに戻ってきたのも事実なので。だからこそ今も、壁とか困難に対してネガティブになることなく、たくさんの素晴らしい選手、質の高いプレーに刺激を受けながら自分の成長のためにすごく理想的な時間を過ごせています。J2時代は自分が(ゴールを)決めることにフォーカスしていればよかったけど、J1ではリーグのレベルも上がる中で、そこに限らずプレー全体をトップレベルに持っていかないと活躍できない。リーグのスピード感、プレーにもまだまだ慣れていかなくちゃいけないですしね。
古巣とはいえ3年も離れていたら新しい選手、チームでプレーしているような感覚なのでそこに適応していくこともまだまだ必要だと思います。ただ、さっきも言ったように、ここ数試合(先発を)外れたことで吹っ切れたせいか、今日は自分の得意なプレーをしっかり表現しようと心掛けていたら気持ちよく走れたし、真っ直ぐにサッカーに向き合えた感覚もあった。あとはゴールを獲れれば気持ち的にも余裕が生まれて、もっと視野も広がるはずなので、そこをしっかり求めていこうと思っています」