1993年にスタートしたJリーグでは、様々な特徴を持つストライカーがゴールを奪い、得点王に輝いてきた。Jリーグ得点王の活躍を振り返る連載の第7回は、韓国人選手として歴代唯一の得点王、黄善洪を取り上げる。

上写真=C大阪の攻撃を支え、得点王に輝いた黄善洪(写真◎J.LEAGUE)

来日2年目で真価を発揮

 J2リーグが発足した1999年、J1リーグは16チームによる2ステージ制で争われた。ベルギーから招いたレネ新監督が就任したセレッソ大阪は、97年のレヴィー・クルピ監督、98年の松木安太郎監督に続き、3年連続で新しい指揮官でのスタート。そのチームで攻撃陣の中心となったのが、98年途中に加入していた韓国代表FW黄善洪(ファン・ソンホン)だった。

 韓国代表では90年イタリア、94年米国、98年フランスと、3大会連続でワールドカップに出場していたものの、クラブレベルでは韓国でのプレーがほとんど。Jリーグにフィットするかが注目されたが、1年目に11試合出場6得点と、まずまずの結果を残していた。迎えたこの年は、円熟期を迎えていたFW西澤明訓と2トップを組み、FW森島寛晃が2列目から絡む攻撃陣が機能。黄善洪は欠場した時期もあったが、1stステージ全15試合のうち11試合に出場し、チーム最多の7得点を挙げて、C大阪を過去最高の5位に押し上げる原動力となった。

 183センチ・79キロと大型だが機動力があり、幅広く動き回ってパスを引き出すとともに、ゴール前では得意のボレーシュートなど、力強く正確なフィニッシュで得点を重ねた。C大阪はこの年、以前サンフレッチェ広島で活躍した韓国人Jリーガーのパイオニア、MF盧廷潤(ノ・ジョンユン)が加入。ボランチでチームを支える働きを見せており、頼れる同胞の存在も好調を支える要因の一つだっただろう。