現在、Jリーグは開幕戦を終えて中断中だが、この連載では再開後のリーグ戦でさらなる活躍が期待される各クラブの注目選手を紹介していく。連載第8回は、大分トリニータのMF松本怜を取り上げる。

上写真=リーグ随一のクロサーである大分の松本怜(写真◎J.LEAGUE)

文◎北條 聡

スリルとサスペンスの提供者

 なぜ、そんなにクロスが上手いの?
 
 いまから20年前、全盛期のデビッド・ベッカムに素朴な疑問をぶつけたことがある。すると、妙に甲高い声で同じ言葉を三度も繰り返した。

 プラクティス――だと。

日本風に言えば、一に練習、二に練習、三四がなくて五に練習。才能も磨いてナンボと言いたげだった。

 大雑把にクロスの一語で片づけられやすいけれど、種類はさまざま。球種、球筋、速度、高低、角度、距離……これらを状況に応じて巧みに使い分け、ゴール前で待つ味方に「ごちそう」を提供できる選手はホントに少ない。

 ただ、アノ人だけはその数少ない選手のうちの一人に数えていいかもしれない。大分トリニータが誇る右の翼、松本怜だ。外から多彩なクロスを蹴り分ける腕前――いや脚前(?)は天下一品。キックを繰り出すたびに見せ場をつくり、スリルとサスペンスを約束してくれる。

 今季のJ1開幕戦でも大分のチャンスには決まって、この人が絡んでいた。最大の決定機は看板のクロスではなく、右ポストを激しく叩いた自身のヘディングだったが、その評価を貶めるものではないだろう。難攻不落のセレッソ大阪を落城の一歩手前まで追い込んだのも、鋭いクロスで敵陣を切り裂く松本の働きが大きかったからだ。

 誰かいるでしょ。とりあえず蹴っとけ――みたいなギャンブルクロスとは無縁。キックの1つひとつに明確な企図が必ず込められている。

 昨季の前半戦では藤本憲明(ヴィッセル神戸)の「小柄で裏抜け上手」という個性に合わせ、ニアポスト際に転がすクロスを多用し、高さもあるオナイウ阿道(横浜F・マリノス)が先発に定着すると、中央やファーポスト際に浮き球を落とした。

 今季は新たな決め手として川崎フロンターレから知念慶が期限付き移籍で加入。開幕戦でも知念仕様の「高めのクロス」を織り交ぜ、チャンスをつくり出している。知念の身長は180センチに満たないものの、跳躍力抜群で滞空時間も長い。上背で10センチも高いマテイ・ヨニッチの上からボールを叩ける人だから、クロスの出し甲斐がある。ホットラインの開通も時間の問題か。