算多きは勝つ
すでに戦う前から勝負は決していたのかもしれない。鋭く見抜いていたからだ。敵の急所を。
「別の惑星から来たチーム」
アヤックス(オランダ)の名将ファンハールをして、そう言わしめた最強ユベントスにも、死角がある。何か。ヒッツフェルトは、こう喝破した。
「相手のパスで崩す攻撃にはとても強いが、クロスに弱い」
そこでドルトムントは序盤から空中戦の鬼であるFWのリードレめがけて鋭いクロスを連発。前半だけで2点を奪い、難攻不落の城をあっさり陥落させた。
また、左に的を絞って攻め続ける徹底ぶりも見事。前半、右攻めが5回に対し、左攻めは3倍以上の18回あった。最前線で盛んに左へ流れるFWのシャプイサを走らせ、クロスを呼び込む寸法。2点目はそのシャプイサの勝ち取った左CKから、リードレが頭で押し込んだ。
守りも対策十分。最も危険だったユベントスの頭脳ジダンに刺客(ランベール)を差し向け、自由に仕事をさせなかった。後半、ユベントスが右MFディリービオを左サイドバックに回し、切り札デルピエロを投入して攻めの手を強めると、今度は右攻めに方向転換。ディリービオの「裏」に狙いを絞った。
そして、交代出場のリッケンがメラーのパスから標的の「右裏」へ抜け出して、とどめの3点目。敵将の采配を逆手に取り、まんまと勝利を決定づけた。
果たして、ベンチの知恵くらべは、相手の手の内を調べ尽くしたヒッツフェルトの圧勝。名将の誉れ高いリッピも、この日ばかりはお手上げだった。駆け引き上手のイタリア勢が、ドイツ勢にこういう負け方をするのも珍しい。代表同士の戦いにおいても、常に愚直なドイツをカモにしてきたからだ。
ドルトムントは、いかにもドイツらしい「徹底性」を強みにする一方、ドイツらしからぬ「したたかさ」も兼ね備えていた。まさに監督の持つ二面性そのものだ。
指導者ヒッツフェルトを形作ったスイスは、その昔に『ボルト』(守備の人海戦術)を編み出した防御大国。その手法をアレンジして生まれたのが、隣国イタリアの『カテナチオ』だった。
いかに大国と渡り合うか。小国スイスに脈打つ、堅実でしたたかな「勝利の作法」が、このドイツ人監督に染みついていた。
なお、ヒッツフェルトはやがてバイエルンを率いて2度目のCL制覇を成し遂げる。2つの異なるクラブにビッグイヤー(優勝カップ)をもたらした名将は、ほかにハッペル、モウリーニョ、ハインケス、アンチェロッティがいるだけだ。
著者プロフィール◎ほうじょう・さとし/1968年生まれ。Jリーグが始まった93年にサッカーマガジン編集部入り。日韓W杯時の日本代表担当で、2004年にワールドサッカーマガジン編集長、08年から週刊サッカーマガジン編集長となる。13年にフリーとなり、以来、メディアを問わずサッカージャナリストとして活躍中。