連載『サッカー世界遺産』では後世に残すべきチームや人を取り上げる。今回、世界遺産登録するのは、2年間で鮮やかな復活を果たしたイタリアの名門。ポルトガル人の名将が率いたカルチョらしさ満載の、2008-10年のインテルだ。

破壊的なカウンター

右からスナイダー、マイコン、パンデフ。攻守にタレントをそろえたチームは着実に復活への道を歩んだ(写真◎Getty Images)

 無論、至上命題はCL制覇だった。しかし、就任1年目はベスト16で敗退。セリエA4連覇という最低限のノルマを果たしただけに終わった。開幕当初はセリエAでは珍しい4-3-3システムを試みたが、機能不全に陥ったため軌道修正。前政権下の4-3-1-2の陣形に戻し、帳尻を合わせた。

 最大の誤算は自らの希望で獲得した新駒マンシーニとクアレスマの両翼がそろって機能しなかったこと。完全にアテがはずれた。

 だが、2年目は違った。

 大砲イブラヒモビッチを手放したが、新たに獲得したタレント群がことごとくベンチの期待に応えていく。前線のミリトとエトオ、中盤のスナイダー、最終ラインのルシオらが、そうだ。ただ最終的にパズルが完成したのは、冬のマーケットでパンデフを手に入れてからだ。これで攻撃スタッフが整い、4-2-3-1の新システムが起動する。要するに、右翼(エトオ)と左翼(パンデフ)が固まったわけだ。

 従来と違ったのは中盤の構成である。ポルトやチェルシーを率いた時代は、いわゆる「中盤の底」にアンカーを据えてきた。実際、インテルでもアルゼンチン人のカンビアッソをアンカーで使ってきたが、パンデフ獲得以降は4-1-2-3の採用を見送っている。スナイダーがトップ下の適材だったからだ。

 1本のパスで決定機を作り出すスナイダーは、待望の司令塔。グランデ・インテルの頭脳にして、『建築家』とも呼ばれたスアレスの再来と言ってもよかった。

 事実、スナイダーを軸に攻撃陣を走らせるカウンターアタックは速く、鋭かった。そこに右サイドバックを担うマイコンの迫力満点の攻め上がりが絡めば、十分に点が取れたわけだ。

 思えば、グランデ・インテルで貴重な攻め手となっていたのも、左後方から駆け上がる重鎮ファケッティのオーバーラップ。この人こそ「攻め上がるサイドバック」の先駆者だった。とにもかくにも、手数をかけない。攻めに回れば、シンプルに裏のスペースを突いて相手ゴールに迫る。いかにもモウリーニョ好みのチームに仕上がっていた。

 俗に堅守速攻と言うが、たいていのチームは「堅守止まり」と言っていい。攻撃力不足がネックになるからだ。そもそも攻撃力がないからこそ、守りを固めて少ないチャンスに望みをかけている。

 インテルは違う。十分な攻撃力を備えながら、わざと相手を引き込んで逆襲を狙うのだ。小が大を食うための戦法に強者が手を染めれば、どうなるか。

 言わば、禁断の果実――。強者による堅守速攻がいかに強力か。半世紀を経て、インテルに現れた「新しいエレラ」は再び、それを証明してしまった。

現代版カテナチオ

 エレラの試みたカテナチオは、すでに当時のイタリアで定着していた人海戦術だ。

 マンツーマンで守る4人の守備者の後方に、カバーリング専門のリベロ(自由人)を据えている。しかし半世紀を経て、守備戦術は大きく様変わりした。マンツーマンからゾーンへ切り換わったからだ。各選手が人ではなく、地域を分担して守る。しかも、フィールドの10人が一塊となり、極めてコンパクトなブロックを組むようになった。

 特に隙のないブロックを築いたのが、モウリーニョのチームだ。4人セットの守備ラインを前後に2本引いて、縦横の間隔をぐっと詰める。こうして攻撃側から時間と空間を奪い取った。

 チェルシーを率いた時代は2本のラインの間にアンカー(マケレレ)を組み込み、バイタルエリアを完全に消している。インテルでは2本のラインの前方にトップ下(スナイダー)を据える手法を採ったが、強固なブロックを作った点では変わらない。

 さらに、対戦相手や状況に応じて、ブロックの位置を前後に動かしている。格下相手にはブロックを押し上げ、前のめりのプレスからボールを奪い、短い距離の速攻へ転じている。

 逆に戦力的に互角、または攻撃力に秀でた相手には、ブロックを自陣深くまで下げてしまう。背後のスペース(最終ラインの裏)を消すためだ。攻撃側の使える空間は、ほぼブロックの外側(手前と両サイド)しかない。中央の圧力を強めて、両サイドを空ける形でブロックを組んでいるからだ。

 こうした守り方は実に効果的だった。ブロックの隙間で敵の強い圧力にさらされながら、ボールを出し入れできる技術者をそろえたチームは少ないからである。それこそ、インテルの築く守備ブロックは『現代版カテナチオ』だった。ただし、強固なブロックを内側から破壊する天敵がいた。名将ペップ・グアルディオラ率いるバルセロナ(スペイン)だ。

 宿願のCL制覇には、どこかで彼らを倒す必要があった。実際、2009-10シーズンの準決勝で対戦することになる。

 最強の矛(バルサ)と最強の盾(インテル)の激突――。それは事実上のファイナルと言ってもよかった。ホーム・アンド・アウェーによる2戦の結果は1勝1敗。果たして、決勝に駒を進めたのはインテルの方だった。